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まるで「同窓会」です

今年の夏も、舞台を作ります。こういう夏を過ごすことを始めて、すでに10年以上になりました。
だから、友達は常連のお客様になって、家族連れで劇滋養に足を運んでくれます。ありがたいことです…。

まだ台本が完成していないのに、劇中使う「音楽」の稽古は始まっています。ボクの舞台創りの最大の特徴は、台本が完成していなくても、まずは「ハーモニー」を先に創っておくようにしてあることです。これを始めておくと、新しく仲間になった俳優さんもみんなとすぐに打ち解けてくれます。チームワークが出来上がっていくからです。

さてさて。
今年はいろいろとありました。ボクが大病になったことで、昔の仲間がお茶の水の病院まで、たくさんお見舞いに来てくれました。その仲間たちが、この舞台を見に来てくれる、との報告も聞きました。
うれしくなっちゃった、ですよ。
和田清ちゃんが妹さんとワカツキさんも誘って来てくれるそうです。NHK教育番組のディレクターのリカちゃんも、北海道からは元看護婦のハマイチさんも…。まあまあ、なんだかどっかの学校の「同窓会」的雰囲気になってきましたぞ。
昔、7リーダーズという授業のクラスがありましたが、このクラスは全員がお茶の水まで来てくれましたし、この舞台にもきてくれるそうです…。


もらった命、とか、拾った命、とか、人はそんな言い方をするときがありますが、ボクにはそういう言い方が実によく実感出来ます。一旦は諦めたこの命だったのに、なにかが巡り巡って、命がここに戻ってきた…。いや、まったく新しい生命がここに…。

ボクはこの新しいなった命を使って、旅に出ることにします。
新しい人たちとの出逢いを求めて…。そういう「夢」を抱く人たちとともの旅をしていきます。
いい人生を生きるために…ね。

…まさみ…
by masami-ny55 | 2014-07-28 10:58 | 日記

生きて…出逢って…人を想う

生きているのが当たり前、とさえ自覚しないほど無意識だったボクのいままでの命。それが今回の「ふたつのガン手術」を体験して、「当たり前の命」なんてどこにもないことを、骨身に滲みた。

ガン治療の世界的進歩をここで論じて、その恩恵にあずかるボクたちをよろこぶことは簡単にできる。人とのかかわりに感謝することも出来る。
病室の大きな窓際にボクのベッドはある。ここは15階、東京が遠望できる。ボクのふるさと・東京が眼下に広がる…。

ボクは、自分の目でそれが見える、いま。

ボクがこんな病気になってから、旧友と再会が増えた。再会して、また学生時代のように話がはずみ、何か又創ろうよ、となる。
突然ボクの前に現れた「子規」の俳句と和歌…。なんでいまボクは「子規」と話をしなければならないのか…。
愛だの恋だのとは無縁のものがりを書いてきたけれど、小説三昧の青春は所詮「ラブのお話」ばかりだった。

「子規」はご承知の通り 命を賭けるものがあった。「俳句」と「和歌」である。まさに、子規はこれに命がけだった。子規がいなかったら、現在の日本で俳句と和歌は埋もれたままだったかも…。
つまりボクは子規を文学者だとはおもえなかったのである。別格の文人。
明治の若者・子規は「素直さ」と「不器用さ」がある。これはいかなる日本の文人はこの資質に勝る人はいないとボクは想う…。

ま、とにかくいまになって避けていた人がボクの真ん前にどかんと坐り込んでしまった。

漱石の「坊っちゃん」を題材に台本を書くはずが、子規が出て来たのでとんだ大騒動の台本になりそう…。

創作が変われば、ボクの生き方も変わる。
人を想う…とは、なんという幸せ感であることか! と。連日病室には友達が立ち寄ってくれる。田舎の友達は電話で「そろそろ好物の巨峰でも送りましょうか?」という。イギリスから戻った友は、例の「高級蜂密の瓶詰め」持参で「わ~~っ! 元気元気! お肌つやつやじゃないですか!」
千葉県の役人さんはガラに似合わずいつも上手そうな焼き菓子を持ってくる。「はい、これ。食べて下さい」静岡の銀行員からは「新茶」が届く。「冷やしてみて…」だって!埼玉の国語の先生はさすがにボクの好みを御存知。「退院したら、浅草のむぎとろ、届きますからお腹いっぱいにしてくださいよ!」とのこと。芸能生活55年の俳優は「ポールスチュワートのパジャマ」。松方弘樹さんが入院するんじゃないのに…ね。笑顔を届けてくれたのは千葉の友達。「元気な姿を見たからそれで十分!」 そうです、この「ことば」がなによりのプレゼント。

人が人を想う光景…。ボクは子供の頃からそれが大好き。
はがきでも、便せんでも、相手を想う…いたずらっぽい、けど。

人は友だちなど居なくても独りでも生きていける。人と関わるめんどくささがない、勝手に生きられる、と。それも正論なんだろうけど、でも、ボクにはそれが出来ない。…出来ない。

ここ順天堂病院でも、日本でも超有名な川崎先生が直に執刀して下さったが、「マサガズさん」と灘名をつけた。そう、田村正和バリのいい男なのである! それに、クマゴロウ先生…などなど。

生きて、出逢って、人を想う…。
ボクの命は、いままで知らなかった人との出逢いがなくては、いま生きてはいない。

生き続けてみようと想う…。


…まさみ…
by masami-ny55 | 2014-07-11 22:43 | 日記

闘い!

6月23日にお茶の水順天堂医院(正しくは医院。病院とはただの呼び名)に入院し、1週間はぶらぶら。手術に必要なほんんどの検査は入院前に王子病院で済ませてあった。まあ、余裕の時が流れる…。

「1階には山の上ホテルレストランがはっているぞ! さすが順天堂医院だ! 」
と、入院開始と同時にさんざんメニューを撃破していく…。
「お昼? さっき下のレストランで済ませたからいいやぁ~」
と、病棟にいる看護婦さんに余裕の報告などが続く…。明らかに不良患者になり下がっていた。

ただし、これだけは地獄のトレーニングになった。それは、午後9時消灯、の絶対ルールである。

なにせ病院とは健康第一を旨としている場所。消灯は午後9時と世界の常識だ。
寝付かれないから…といって薄暗くなった病棟の廊下をほっつき歩くわけにも行かない。ボクにとって、「健康第一主義」の場所は、子供の頃から苦手。薄暗い映画館で育った身にはここは将に拷問だった。王子病院も消灯時間は同じだが、あのときは腸内に付着、たまった便を出すという作業があったから自然に眠りに落ちていたが、今回は本人「病気の自覚」がまったくない。

さてさて。
「今回は拷問だった…」などと、不謹慎な余裕をみせていたのだが…。

いよいよ、時来る。
6月30日、午前8:30、ベッドを離れて2階の手術室に!
思わず「わっ!」と、驚嘆の声。なんつーか、ですよ…スピルバーグ監督の「未知との遭遇」のシーンを思い出す大円形のスペースの中央に向って、それを囲む四方八方並びに上下から、クリスタルブルーの光線が照らしているのです。その中央にボクのベッドは運ばれたのです…。
「では、背中に…」

と、記憶はここまで。麻酔薬で、全身麻酔。すぐ、てした。気絶、です。
まあ、王子病院の手術と変わりません…。

遠くの方で、ボクの名を呼んでいる人がいる…。
その声で記憶が自分に戻った。気がついたら今度は同じ大円形だが、光は普通の色です。どうやら、こんばんはこの中で眠るようです…。
8時間は手術をしたようでした。

翌朝、7月1日。病棟に戻る。
この日を境にして、ボクの闘いが始まりました…。

…まさみ…
by masami-ny55 | 2014-07-11 21:24 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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