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韓国の大学は新学期

明日ここ釜山を発つ。

13年6ヶ月、釜山の大学で日本語講師をしている女性とお会いした。ブタ先生の大先輩である。その前にも3年ほど韓国で同じ仕事をしていたという。
「欧米文化に馴染んでいたのに、ここに来たらすっかりハマッてしまって…」と言う。ボクの仕事にも関心を示してくれた。日本人としての自分と韓国社会とのつながりを彼女の実生活からシェアしてもらった。
来週、10人程度でまた釜山に来るがその節は彼女をみんなに紹介しよう…。

今回、たくさんの人たちと出逢った。ブタ先生のおかげである。ひとりだけ病気で会えなかった人がいるが、また会える機会を創ってくれると思う。

ところで、ボクはいままでなぜ韓国を遠い国にしてしまったのか…考えざるを得なかった。この女性のようにあまりにも欧米文化にボクは染まりすぎていたのかもしれないし、偏見もあったし、高慢な自分だった…。
すでに日本国内で失ってしまった「情感」としての生活がここにはちゃんと残っていた。かかわる努力を怠らない。けっしてご都合主義的教育を若者にはさせていない。間違いなく、愛情を持って学生と接している。それを学生は承知している…。

ブタ先生とこの先生が、「あの子、帰って来ましたよ」「そう、気になってたけど戻ってきたんだ」と、まるで我が子が帰って来たかのようにふたりでよろこぶ。

大学は今日から新学期ときく。先生たちの声が教室に響き渡る…。



…まさみ…
by masami-ny55 | 2012-02-27 22:08 | 日記

再び釜山

二度目の韓国・釜山です。22日から来て28日に東京に戻ります。
前回とは全く違って観光気分は一掃、現地の人たちと同様の生活をしています。お風呂屋さんに行ったり、スーパーで日用雑貨を買ったり、食堂で食べたり…と。
仕事中心のスケジュールの毎日が続きます。もっともまだまだ韓国語はできないので、ブタ先生がいないと何もできませんが…。
仕事のやり方は日本にいるときとすこしも変わりはありません。人と会って話をして…。その連続です。

仕事のやり方は少しも変わりないのですが、話す相手の姿勢が違います。
相手をするのは韓国の青年ですから、ボクは韓国の青春像を前もって取材しておく必要がありました。ちょっとした文化論的な話題も教えていただきました。

日本の青年たちと彼らと明らかに違う点は、彼らは「兵役経験者」であるということです。韓国はご承知の通り、兵役が義務づけられています。このことはずいぶん前にこのブログで紹介しましたが、現実にボク自身が韓国に行くことになるとはあの当時思ってもいなかったので、あの程度の内容にとどまってしまいました。しかし、現に彼らと会って話してみると、この「体験の違い」はとても理解出るものではありません。もし、この環境が日本に起きたら…。

19歳から29歳まで、青春ど真ん中に2年間程度の「兵役義務」を過ごさなければなりません。家族と離れ、友達と別れて、恋人とは離れて生活する兵役生活。
78000ウォン~10万ウォン程度(日本円に換算すれば5千円程度でしょうが)の月給が支給されますが、日本でいえば高校生、いや中学生のお小遣い程度ではないでしょうか。休暇の交通費に使うか、軍隊内のコンビニでお菓子でも買うかで消えてしまいます。人間が個人としてもっもとデリケートなときに、規律主義のなかに身を置いた集団生活をするのです。
果たしてそれがいいかの是非論は他人様に譲りますがボクは兵役後の青年たちと話をして、一人として不快感を抱いた青年はいない、ということ。韓国内で教育を受けた韓国青年たちと話をすると、ボクはとても後味がいいのです。「あいつらとまたあいたいなあ…」という気持ちで心がいっぱいになるんです。
話す場所が焼き肉屋さんでもカフェでも、彼らはいったん箸(手)を休めて両手を膝に起き、姿勢を正します。ボクが話し終わるまで、決して口出ししません。まずはじっくりと聞きます。このリズムを体験したからボクは食事中は雑談することを覚えました。食事が済んでから場所を変えて本題に移る、というリズム感覚が彼らと話ができることを知りました。

「質問は?」
と、ボクが訊ねると、はじめて自分の疑問点などをはなしはじめます。しかも、具体的で簡潔に聞いてきます。ですから、こちらも大変に答えやすい。自分が置かれている環境も彼らは話しますが、自己責任を持って話します。いいわけがましい、まどろっこしい話し方は彼らとの対話にはありません。
しかも、彼らは理解したことだけ自分を留めておきません。納得したがります。どういうことかというと、日本の青年の多くは、「わかりました」は、けっして「やります」ではないのです。
しかし、韓国の青年が「わかりました」と口にすると、納得の表情を浮かべます。理解したとたん、その事項に対してコミットします。「する」になっています。
お互いの問題や障害その場で解決しようとする話し方をするのです。努力してくれるのです。それでも決まらないときはお互いに問題点を持ち帰って「宿題」になります。
日本の青年の多くは「宿題」をしてくれません。しかし、彼らは違っていました。
「宿題」の答えを、電話でくれます。けっして、メールなどでごまかしません。ど明確に「出た答え」を自分の言葉で必死になって(たどたどしい日本語で)伝えてきます…。こんな生徒を相手にしていたら、何とかしてあげたくなりませんか?
かわいくてしかたない、ですよ、こいつらったら。

もちろん彼らはメールも使います。不慣れな日本語をキーボードで追いかけたのでしょう、会って食事をして話した、たったそれだけのことを「感謝している」と書き込んでくるのです…。こんな青年たちといたら、なんとかしてあげたい気持ちになるのはけっしてボクだけではないと思う…。

いつだったか、バスに乗ってボクのお気に入りのナンポドンから帰って来たときのことです。空席がありましたから座ろうとしましたが、若者カップルがいたので彼らに座らせてあげました。で、下車したときです。ブタ先生から「まさみさん、全然わかってない! なんであんなことをしましたか? 彼らの身になってください。自分よりも年上の方に席を譲れなかったことで彼らは心を痛めたんですよ、わかりますか? 公衆の中で彼らをつらい気持ちにさせたんですよ。彼らは年配に対して席を譲ることは当たり前のことです。それをさせてあげてください。ああいうときには、必ず譲ってもらってください。わかりましたか?! ここはニューヨークじゃないんです!」と、道路に立たされたまま、散々お小言を言われました。現に、その前の日のこと。ボクは青年から席を譲ってもらいました。ブタ先生が「まさみさんがトシヨリだからですよ」って、笑ったので「トシヨリ扱いされたのか?」とムッとしました。でもそれはブタ先生のジョークだったのですが、真に受けたボクがアホでした。
自分より年配の人に対する韓国青年の気配りは徹底しています。たとえ観光客であっても、これだけは「韓国旅行の常識」として日本人は知るべきです。

釜山大学に行く途中、走っている電車の中で日用雑貨を販売している人や、ものごいのチラシを配る人や…その都度、ブタ先生の「講義」を聞きました。

ただ、ちと、韓国料理には飽きました。せめてスパゲティとか、パン食がもう少し普通の料金であればいいのですが…。ちと、お高い、かも…。パンの味ももうすこしなんとかしてくれないか、と。「有名ドーナツ」は、ここではうまくないです。ナンポドンの「ほっとく」の方がはるかにおいしい。

そうそう。韓国料理といえば…、昨日のこと。ブタ先生のお宅のすぐ近所に釜山でも大変有名な焼き肉屋さんがあります。なので行ってみました。
大皿には日本の焼き肉屋さんはもとより、新大久保でもでみたことがないほどの立派なブタの切り身が3種類のっています。例によって「おかず」の小皿が食卓をいっぱいにします。ご家族連れで、満席状態です。

隣の席にも、ご家族連れでした。ブタ先生がブタをお食べになるのですが、「?」と悩み顔です。複数の小皿の中にひとつ不思議なものがありました。一見きな粉のようです…。「これ、なんだろう?」
周りの人たちは全員明らかに現地の方々。ボクたちは日本人、すぐにわかります。ブタ先生は10年近く暮らしていますが、彼女とて初体験の連続でしょう…。
そんなボクたちに話しかけてくれたのが、お隣の奥様。きな粉はこうやって食べるのですよ、と。ご主人さんが実際に食べ方を実演。子供さんが、のりの焼き方とおいしく焼いて食べるコツも実演。ブタ先生となにかおしゃべりしています…。

お店の責任者が来て、ボクたちを丁寧にご挨拶してくれました。こんなにたくさん食べて、残しちゃったけど…3000円ていど。ホントかいな…。このお店なら釜山でも有名になるはずだわ、と納得です。日本からみんなが来たら、ボクは知ったかぶってこのお店に連れてきたいと思った。それほどの穴場ですぞ。

どうせ、またここに来ます…。どうせまた、失敗します。どうせまたあのブタ先生からおしかりを被ることでしよう。しかられるたびにボクはここの人たちに近づいている気がして…。遠い国・韓国がいまボクには急接近しています。


…まさみ…
by masami-ny55 | 2012-02-27 11:37 | 日記

初めての韓国 ジャンケンの結末は?

カイバイボ!
慣れない韓国語で綴ってみると…「가 위 바 위 보」かな? 
違うかも知れないけど、ブタさん、教えてくださいよぉ~~。

「ジャン ケン ポン!」を、韓国では「カイ バイ ボ」と言うのですよ。
韓国への初めての旅で、やりたかったことのひとつに、韓国の人たちと「ジャンケン(カイバイボ)して勝つこと」でした。別に深い理由はなかったのですが…。
初めての旅は14日から16日の、二泊三日です。

長年のメル友さんこと「空飛ぶブタ」さんが、釜山の飛行場で迎えに来ていました。そのままクルマで市内へ。韓国の青年ふたりを紹介してくれました。ブタさんの教え子です。ふたりとも日本語は堪能でした。ブタさんの教え方が良かったのか、ご本人の努力なのか、それとも両方なのかはさておき、とにかくおもしろい。このふたり、兄弟のようです。果たして、カイバイボの結果は…。

ところで、
「韓国の街はきたない」と決めつけた人、
「韓国はうるさかった」と語る御仁、
「韓国は安いだけ」と侮る輩、
「韓国のひとはおおざっぱ」とわかったようなことを語る人…

韓国はボクにとって大変遠い国でした。昔、光州事件を知ったときのショックはただ恐ろしいと思うだけで、ちゃんと調べもしませんでした。遠い国として、ボクは側において見ることもしなかった…。ブタさんとメール交換する前までは。なので、韓国から帰ってきた人たちの感想にも関心すら起きません。その時聞いた話しがそのまま残っていただけに過ぎません。
「ふーん、そうなんだ。別にボクとは無関係だし…。行くことはないから」と、聞き流していたのですが…。

とんでもない。全部、ウソ! ボクが初めて韓国で見た人たちの表情は生き生きとして、友だちを大切にしていて、上役はきちんと責任を取って部下の教育をしていた。学校では学生たちは先生たちと、とても親しく相談して(親しすぎて、そこまで言うかお前!という内容まであるほど)くるし、聞く姿勢は正しく、自然な人間らしい秩序さえ感じます。街は豪華絢爛ではありませんが、新宿や渋谷よりも、丁寧に掃除がなされ、よほど美しい。魚市場の夜は、ランプの明かりが長く続いて暖かい。よほど鈍感なアタマデッカチ様はべつにしても、ふつうの感性を持つ人たちならきっとこの場の、詩情の豊かと人情のあたたかは瞬間に肌で感じとれるはず…。冬ならではの、あたたかさを…。
専門料理屋さんは決して派手さはなく、どこか物静かで、質素で、その上謙虚な姿勢を感じます。棚に飾った小瓶から伸びた黄色い花、その姿にはゆとりを漂わす。ほほえみさえ誘います。店員さんは手慣れたなかにも、笑顔を浮かべて挨拶してくれる。言葉が通じない人とわかっていても、きちんとあいさつしてくれる。ことばを知らないボクは挨拶すら返せない自分を恥じるしかない。
アメリカだったらチップをはずんで…で、すんだかも知れないが、この国はそれが出来ない…。だからボクは精一杯の日本語で「ありがとうございます」と、一礼して返す。つうじたのか、笑顔が返ってきた。
ここは釜山・南浦洞(ナンポドン)。韓国2日目の晩。
屋台の光の行列に従って、どこまでもブタさんと歩いてみる。あっちこっち歩き回るボクに、ブタさんは「こっち! そこはダメ!」と交通整理をしてくれた。韓国ドラマの撮影風景そのままに、ボクを入れてくれた。その正直さに、ボクはうれしかった。だから、ボクはドラマのシーンのように「ほっとく」をひとつ買って食べてみた。冬の屋台の買い食いは、「ほっとく」から始まった。ドラマでは「味」は体験できないから、こわごわ、興味津々。バターの香りが熱い「ほっとく」にしみこんで、初めのひと口はやけどしないかと気にかかる…。他にも食べてみたいから、ふたくち程度で食べ残して、残りはブタさんに、「もういい、あげる!」と手渡した。見ただけの赤いトッポキは湯気が立ちこめている。値切って買った焼き栗は、ぎゃくに「ボラれたね、まさみさん」…いろいろ試して悪ふざけ。ブタさんに叱られそうだった。

若者たちの服装は、ビレッジや渋谷のような「個性的ファッション」は目に入らなかった。
むしろ、濃紺とえんじのツートンカラー。清潔な青春色がまだ韓国の街には沢山見ることが出来た…。


さて、初日の晩のことだ。
念願のグクスも食べた。あまったグクスは、ブタさんの担当です。
いろいろと食べ回った後で、韓国・釜山の学生街。カフェに入った。物静かで、客層は若い社会人だろうか。そこで、ブタさんが言いました。
「まさみさん、ジャンケンしないの?」

なんだっけ、韓国語で?
「カイバイボ、ですよ」
「??」
「カイ バイ ボッ!」
「…かい …ばい …ぼ …だねッ。よし!」
ふたりの青年とボクは、カフェの中で、

「カイバイボ!」

なんとなんと、ボクが勝っちゃった!
子供の頃からいまのいままで、いつもいつも大事なジャンケンでは勝った例しがないボクが、ここ韓国の旅で、みんなに「勝たせて」もらえたのですよ。
ブタさんが「よかったね」と、笑ってボクの右手を包んでくれました。
2月14日は、韓国でもバレンタインでした。

「カイバイボ!」で、みんなして大笑いしたカフェでのことは、ボクはきっと忘れないと思う…。


…まさみ…
by masami-ny55 | 2012-02-17 00:29 | 日記

ブタさん、再び空を飛ぶ

恒例の舞台が出来なくなった。抽選で外れてしまったのがその理由です。
九年間続けてきた会場は、この8月24日頃以降に工事の予定があるようで、まったく使用不可。8月にここの会場を使いたい希望者たちには、いつになく抽選は厳しいものでした。

抽選が外れたから公演を中止するわけにはいかない。なにせ、「10周年記念だぞ」と、去年から触れ回っていたのですから。もう、後へは引けない。さっそく別の会場を探した。
といっても、なかなかボクの舞台にマッチした会場は見つからなかった。時間が経ってしまう。見つけた会場はまたしても激戦地区です。とにかく翌朝、抽選会に参加。すると、なんと「一番くじ」です。
ただし、です。劇場は確保したものの、今までのとは規模が違いすぎます。とても大きな劇場です。いままでと比較したら、200席は多いのですから。倍近い広さ。しかも、完全な舞台。つまり、客席と舞台の間が明確に区切られているのです。
いままで演じてきた感覚とは、だいぶ違ったものになる、と。こうした会場での芝居は、みっちり、しっかりと安定させないと恥ずかしい舞台になってしまいます。
すでに台本は頭に入っているのですが、タイトルだけ披露すると、「英雄からの手紙」です。日中英の英雄たちの伝説を音楽で綴ってみたいのです。どういうことになりますか…。

ところで、例の「空飛ぶブタさん」。元気そのもの。韓国に10年ほど暮らしたブタさんは今回の休暇中に、日本で新しい友だちを沢山創っているようです。新たな仲間たちと「創作」を始めています。韓国から通い続けると決断したようで、8月の舞台には「絶対に来ます、念願だったから。やっと見られますよ」とのこと。
明日ブタさんは空を飛んで韓国に行きます。大学の授業が待っているからです。「まさみさんに学生を紹介したいから来て下さい」と言われれば、これはもう断れっこないです。ボクは14日に行って韓国の青年たちと話して来ます…。韓国語の特訓中ですが、いまのところ会話はムリです。なにせ、行くはずのない国に行くことになったのだから。ことばはまったく出来ません。まずは現地の人たちと一緒になって生活してみます。コレがボク流のことば上達法なので。
新しくできるだろう友だちと韓国の銭湯にも行ってみたいし、市場で値切って買い物をしてみたいし、グクスも自分で作ってみんなで食べたいし、小学校の音楽教室にあるオルガンも弾いてみたいし、ジャンケンして勝ってみたいし、韓国の学生歌もせめて1曲くらいはマスターしたいし…。そんな欲求が自分から吹き出してくるなんて、10年前には思いもしなかった。
ブタさんのおかげだ。
アメリカは、というよりも、ニューヨークはボクにとって第2のふるさとです。ここでボクは学校では学べなかった「自由」と出逢えた。そして自分の中に潜んでいる「高慢と偏見」に気がついた。韓国への旅は長くなる予感がしている。行ったり来たり、と…。その間に、どんな人たちと出逢うのだろう。どんな「ことばたち」と出逢うのだろうか…。

ボクはまだまだ、このまま旅を続けようと思う。人と出逢う旅を続けていく…。


…まさみ…
by masami-ny55 | 2012-02-12 02:57 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


by masami-ny55

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