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東日本大震災、10日目

東日本大震災から今日で10日目。日を追って過去に経験したことのない難題が次々に起こっています。この深刻な状況の中で困難を乗り越えるべく、国とともに一丸となってボクたち職場や友だちはこの難局を乗り切る行動を始めています。

未就職者のための緊急人材育成の学院を創設しましたが、突然の大災害から全国に散在する支援事業の中で、閉講に追いやられたスクールもあります。教室自体が使い物にならなくなったり、講師の故郷が東北だったためにそのご家族の安否の確認などから授業が出来なくなったところもあります。
直接、地震津波の災害は免れたものの人的損失は計り知れません…。そんな状況なかで、ボクたちが出来ることは授業がなくなり、就職のために技術を習得したくても行き場のない参加希望者を引き取ることなら出来ます。現にそう決断した時、電話が鳴り「なんとかして欲しい」と54歳の男性から依頼がありました。国からもらった受講証がありながら、スクールが閉鎖してしまったために授業に参加できなくなったのです。
「直ちにハローワークと連絡を取って下さい。当学院での受け入れはまったく問題ありませんよ」
そう返事をしたら大変安心をなさいました。果たしてこの男性が当学院に来られるとは限りません。別のスクールを探してそちらに行くかも知れませんが、ボクたちは開講するギリギリの日まで受け入れていきます。

事務所はビルの3階です。あの日、新聞社でも使用している鉄製の本棚は、支柱が歪み、本や書類が散乱しましたが、その程度の難ですみました。
そして本日、広々としていた事務所内に壁を這わせて、ドアを2つ取り付け、今までの事務所空間とは一変してまるで、学校の教室のようです…。ボクたちはずっと奥に追いやられて、長細い部屋が出来上がってそのかなで仕事をすることになりました。
心配なのは肝心のPCです。発注してもまだ届きません。あと、14台が足止めを食っているようです。
14台が届けば、OSを入れ直したり、必要な基本ソフトやフォントなどをいれたり。それがすんだら全PCをケーブルで繋がなくてはいけません。その作業はきっと徹夜状態になるはずです。
どうあれ、開講に間に合うのか…それが心配です。
by masami-ny55 | 2011-03-21 23:11 | 日記

祈り


主よ 我らの一日を支え給え
日が傾いて 影が伸び
夜が訪れて
世の喧噪が静まり 生活の熱が収まって
仕事が終わるまで
主の慈しみのうちに
安全な宿と
聖なる安らぎと
平和が与えられますよう


…まさみ…
by masami-ny55 | 2011-03-15 11:15 | 日記

「ゼロの焦点」で想う

1958年(昭和33)4月、長嶋茂雄さんが巨人軍に入団した。
昭和33年を境にして、日立、東芝、三菱などの重電メーカーとナショナル、三洋、シャープ等の家電メーカーは、「白物」と呼ばれた冷蔵庫、洗濯機それにテレビを加えた庶民生活の「三種の神器」と讃えて、一気に日本は文化生活を追いかけることになった…。その中で、テレビの影響は大きかった。力道山のプロレスと巨人軍の進撃に日本の家庭は拍手を送りつつづけていた…。
陽のあたる街づくりが全国で盛んになり、下水道がひかれ行く。都市ガスが普及していく。電線はケープルになっていく…。

紙芝居屋が街からいなくなり、その代わりに子供はテレビでアメリカドラマに夢中になる。「スーパーマン」「名犬ラッシー」「月光仮面」…。昭和33年から昭和39年の東京オリンピックと新幹線開通までの7年間、日本の高度成長ぶりはあまりにも急速すぎた。狂気の沙汰だったのか、幻だったのか、見果てぬ夢に盲進していたのかも知れない…。

長嶋監督が巨人軍に入団した昭和33年に、赤線が廃止になった。
それを惜しんでか、墨田の玉の井と鳩の街、そして浅草の吉原では「蛍の光」が流れていたという。
太陽のような人・長嶋監督さんと、どぶ臭さが漂う赤線地帯。確かにこの年は日本人にとって、なにかを捨てようとしていたのだろうし、なにかを拾い上げようとしていた時だったのだろう。
後藤 譽之助が昭和31年「経済白書」に「もはや戦後ではない」と記した。当時の流行語にもなった。このことばが予言したように、日本は諸外国から「奇跡の復興」とまで賞賛されている。

だが…捨てられた人々はいる。たくさん、いる。それぞれに、個人的な事情がある。個人的な事情で変わりゆく日本に溶け込んでいかなくては生きられない。

昨日テレビで「ゼロの焦点」を放送したとともだちから聞いた。「なにを今更…」と思った。そこに登場している役者さんは「赤線」がなにかも十分に分かっていない、パンスケとはなにかも知らないきっとお若い方だろうと察する。もちろん、その時代がどうであったか分かっていなくても演じる「歴史物」はあるが。その昔、久我美子、高千穂ひづる、有馬稲子の三大女優競演で野村芳太郎監督が撮っていたが、それでも「なにを今更…」と見たくもなかったが、まだこの方が映画としてマシな気がする。

映倫と言うのがある。映画倫理委員会のことを言うが、個人的には映倫とは映画作法の倫理性だと思いたい。度の過ぎた露出シーン、残酷すぎるシーンなどの場面だけではなくて、全体から窺える倫理性を言いたいのだ。例えば、最近「臓器移植」をいとも簡単にやれるようなストーリー、あるいは「先天性の認知症」をいたぶったり、「交通事故」での傷害者を取り上げて、やがて「愛がすべて」で一括りにしてしまう。
だが、待って欲しい。現実にはこうした人たちがいる。彼らの家族がどれほど苦労しているのか、そんなドラマは見たくもないだろう…。「愛」だけではすまないのだ。あえて、そういう人たちの境遇をモチーフに取り上げなければ、テーマがぼけるとでも思っているのだろうか…。

時代の中で捨て去られた人たちが今どうしているのか…。そういう人たちに、ボクたちはなにもしてあげられないくせに。してあげられるとしたら、そっとしてあげればいい。


そうだった、友だちの子供が昨日の「ゼロの焦点」をみて、「お母さん、赤線とかパンスケってなんのこと?」と質問したと言う。その返答に困った友だちは「どう答えたらいいかなあ」とボクに尋ねるから、「簡単だよ、吉行淳之介の驟雨でも読みなよって言えば」と、答えておいたが、これで本当に良かったのか。友だちの子供とはまだ中学三年生の息子さんだった。

吉行さんの本だけは、古本屋には売らない。ギリギリに残っているボクの文学性と自己主張だろうから…。


…まさみ…
by masami-ny55 | 2011-03-08 00:04 | 日記

逆鱗野郎がまた大失態事件!

逆鱗に触れる…とは、中国の故事による。天子の怒りを買うという意味。転じて、上司や目上の人の怒りを買うこと、と辞書にはそう記載されてあるはず。

で、ボクの事務所には「逆鱗野郎」なる男がひとりいる。
度重なるそのドジは、時として仲間全員の逆鱗に触れる大失態を演じる。にもかかわらず一向に悔い改める姿勢がないに等しい。
というのは、その瞬間は神妙にかしこまっている。身を縮めて下を向いたまま時にはそれらしき涙も流してみせる。家族に不幸でもあったのかと思わせるほど神妙な姿で椅子に腰掛けたまま固まっている。
だがしかし、である。数時間もすれば元の木阿弥とはまさにこの男のこと。反省の色はけっして長くは続かない。すぐにお調子にのってはしゃぎまわる。お菓子をほおばり、本日は桃の節句にちなんで本郷でも銘菓と謳われた餅菓子をその場でむしゃむしゃとほおばり、「うまい!」などと、まわりに一切憚ることなくひとり美味に悦楽しているではないか。その姿に又、再びオナゴたちは口を揃えて「許せない!」

そして本日のこと、仲間たちが忘れかけた逆鱗が蘇ったのである。またまたこの男がみんなの逆鱗に触れることをしでかした…。なにか?
事務所の仲間たちは全員で「国の仕事」に取り組んできた。はじめは、受諾すべきか否かでけっして足並みは揃っていなかったが、徐々に日を重ねるうちにみんなはひとつになって仕事を続けた。この男が関係省庁に提出する書類制作を担当した。みごと受理されたので、「では、本当にやるのか否か」の議論となり、ゴーになった。ただ、この際「認識番号」という登録がこちらに行政機関から渡される。
この番号で、授業の申請を提出していただたり、関係機関はこの番号で業務を整理する大切な番号である。が、しかし、この番号を私物化していたのがこの逆鱗野郎だった。
そして、印刷所から刷り上がったチラシを本日早朝からみんなで関係機関などに届けたのだが、まさか、この番号が違っていたのである…。
事務所内ではオナゴたちの、「もう、ゆるせない!」の、連発だった。

とにもかくにも、本日は緊急会議。逆鱗野郎は例によって、あのポーズ、だ。
逆鱗野郎は実によく働く。学歴は当代一であるのだが、なぜか間抜けで肝心なことを軽んじすぎる。直ちに関係機関に連絡を取り、処置をすませた。指示は「印刷し直すこと」で決着が付いた。ただ、また印刷代はかかる…。嘆く仲間もいれば、堅く口を閉ざす者もいる。
仕方がない、ボクの出番だ。ここまで頑張っておきながら、なぜこんなドジをするか、の理由を伝えた。責任はボクを含めて全員にある、と。不幸中の幸いは、「印刷代」ですんだということ。ムダと言えばムダだが、これは「勉強になったと思う」と。初めての仕事にもかかわらず、ここまで順調すぎたと思う。こうした失敗は絶対に今後の糧にすべきだ、とも。今後は情報を私物化せずに全員で把握しておこう、と。
さらにボクはみんなに、「この仕事、しばらく続けるぞ。どう思うか」と聞いてみたら、全員が「やりましょう!」との返答だった。

資金はかかる。だが、お金で済む話しだろう。なんとかする。それよりも、先日の「面接」に来てくれた若者たちの表情が良かった。オナゴのひとり、やっちゃんは「面接を待っている時は手を膝に置いたまま緊張していたけれど、面接がすんで戻ってきたらみんな目を輝かせていたから…いいよ、みんな、頑張って欲しいね」と。
やれるところまでやってみよう。どうせ初めての仕事だ、逆鱗野郎よりももっとひどいドジをボクは踏むかも知れない。失敗を怖がって、なにが人生か! と。

逆鱗野郎のドジが、みんなをひとつにした…。

…まさみ…
by masami-ny55 | 2011-03-04 22:43 | 日記

面接結果の郵送完了

ここの事務所が主催する「緊急人材育成支援事業」の2つのクラスに応募して下さった方々の面接が2日に行われました。

4日付けでその結果を郵送しなければ行けないので、いままでかかってしまいました。
行政機関の指示通り書類を制作して、面接者全員の住所、氏名などの確認。その他に主催するボクたちからの手紙と授業時間割などを制作。印刷して、ようやく郵送がすみました。

面接。記者生活が長かったボクにとっては、面接とは取材、と反応します。財界人を多く取材してきたボクにとって、一般の方々を取材した記憶はありません。でも、人と会って話しを聞くのは大好きです。
「どんな人生を送ってきた人なのか」「得意なことは何か」「いま、どんな夢を持っているのか」…
他人の人生に関心を持つなんて、どうでもいいことなのでしょうがボクは天性おせっかいの性分。ところが、いざ自分のこととなると、無頓着で忘れっぽい。

小学校低学年の頃は「女中ッ子」と呼ばれて、自分ではなんにもせずに食べっぱなし、カバンの中身は誰かにしてもらい、用があれば誰彼ナシに言いつける。「アレもってこい」だの「これ買って来て」「布団ひいて」と、なんでもかんでも人にしてもらっていました。母からは「あたしはアンタの女中じゃないよ!」と小言を言われたものでした。
「立っているなら親でも使え!主義」を、子供時代に習得していました。
映画と音楽が好きで、たまに読書をしているかと思えばほとんどが勉学とは無縁の小説と物語。学習書関係はほとんどナシ…。父親はそんなボクを「この極楽トンボが!」と、呆れていました。

そんなボクが大きく成ったら、新聞記者です。
全部自分でしなければなりません。そう、全部です。こんな大変な仕事がなぜ楽しくて仕方がなかったのか…。それは、人と会って話しを聞けることだった。

そして歳月が流れ、やがて「人とことば」の関係に関心が向く。人が使っていることばには、その人の歴史が隠れている、と…。服装や姿勢に現れるその人のことばたち。

さてさて、とにかく面接は実に楽しかった。ボクが担当するクラスは、コミュニケーションスキルとITスキル習得の「基礎演習科」です。6ヶ月間です。むろん、全授業をボクひとりで担当するわけではありません。
このクラスを希望する若者たちと面接しましたが、みんないい感じ、でした。
開講は3月末。彼らと会うのが楽しみです。

…まさみ…
by masami-ny55 | 2011-03-04 04:05 | 日記

明日は面接日

事務所が事務所らしくない。まるで中学校の教室のようです。

大きな白板が三台並び、ふたり掛けの長机四列が三かわ。その上にはデルコンPCが置かれている。
使っていたスチール本棚を間仕切り替わりに並べ替えて…。
その奥にやっとボクたちの仕事場がお愛想程度に残りました。トイレは女子男子用に別々です。
このフロアでは間に合わずに、結局上階に空きが出たのでこれ幸いと、大家さんが特別に配所してくれて貸してくださった…。

いよいよ明日は、ボクが初めて学校の先生(現役の先生には失礼! まあ、モドキでしょうが)をすることになるのです。
「IT関連とコミュニケーション能力アップ」がテーマですが、授業期間はなんと6ヵ月間に及びます。ボクの得意とする「言語学」を基礎にして、社会環境での実践的な「ことばたち」をさまざまな実習を提供して体験的に習得してみる授業を考えました。言語学がこんなところで生きるとは、思いもしませんでしたが…。
本来、PCは言語機器です。キーボードとPC言語の「対話」によって成立しています。その全ては「オンオフ」の2進法ですから、一旦コツさえつかめば簡単な機器です。ボクでさえ、出来たことですから…。

ところで、人間はPCと違ってそもそも「OS」がありません。環境によって「言語」が変化していきます。
例えば、犬の子を犬の親が育てればやがて子犬は親犬になります。また、子犬を人間が育ててもやがて親犬になります。ところが、人間の子はそうはいきません。人間の子は人間が育てれば成人した大人になますが、オオカミが育てたら…。
かかわり。ことばの本質です。これさえつかめばあとは簡単なことです。
自分がどんな言語活動をしがちかをマスターすれば、社会に出てもけっこう人気者になれるはず。「私語」と「私たち語」とでもいいますか、この区別を習得して欲しいものです。
最近「自信」のない若者が増えているとか。ホントかいな、と思います。もし、そんな感じがボクに授業中感じられたとしたら「個人特有のリーダーシップ」を披露してみようとも考えています。文学的に言えば「個人の人間的財力」と言えるものです。

さて、その第1回面接が明日なのです。
20人ほどの方々がお越し下さいますが、いまから心地よい緊張感があります。
3月末開講に向けて、ちと、ワクワクぎみのボクなのですが…。


…まさみ…
by masami-ny55 | 2011-03-02 01:56 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


by masami-ny55

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