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うるさいヤツらと大騒ぎ

そもそも、記者生活しかできない人、とまで他人から評されたボクの人生。確かにそれだけが仕事であり、なにひとつ省みることなく、突っ走っていた。そんな人間が、面白半分で「PCの資格」を受験して、取得したことからボクの妙な人生がはじまった…。

いまは懐かしの「WINDOWS 3.1」は、確か17年ほど昔に発売された。発売当時、PCの存在すら全く知らなかった。せっせと4Bの鉛筆で、手書きで原稿を書いていた。
「今時手書きの原稿をくれるのはフクちゃんだけ」と、悪友である編集マンはボクの原稿用紙を指さしてそう笑う。「いやいや、マナゲンはやっぱり迫力あるよなぁ」とフォローつきだったが…。
本業の記者と作家の両方をしていた頃、脱稿して原稿を届けに行ったらそんな話になった。
「みんな、ワープロだよ。すごく捗るって言ってる。わたしもそろそろ覚えようかと思ってる」という。神保町の事務所での打ち合わせをすませて、そのまま秋葉原へ直行だ。
「ワープロ、ください」

買って「ビデオ教科書」を眺める…。ウムフム…なるほど、ね…。
早速、実技開始。しかしビデオのようにはうまくこなせない。のろのろ、もたもたの連続だ。手書きの方が絶対に早いと確信した。そもそも、あいうえお、がどこにあるのか、探し探し書くのだからのろいわけだ。
そのうち、イライラ感が増してくる。ここで挫折してはいけないのだ。我慢して数日続けてみた。なんとか、格好がついてきた。

そのうち、「書体は明朝だけか?」 「この部分に挿絵は入らないのか?」
と、欲が出てきた。また、秋葉原へ。
すると、「それなら、PCですね」という。これがボクと「WINDOWS 3.1」との出逢いだった…。

以後、暇さえあればアキバ通い。文書に限らず、音楽、映像、デザインソフトを購入していじってみる。独立したばかりだったので仲間たちも一緒になっていじってみた…。そうこうしているうちに、「資格を取ってみようか」と遊び半分で受験したら、仲間たち全員も資格を取得。様々なソフトの資格を取った。
「この際、塾もやってみようぜ」となり、塾を設立…。このあたりから仕事の色合いが変わり始め、人生が奇妙な方向に動き始めた。人と出逢う、その不思議さを感じた…。これは記者時代の人との出逢いとは違った味わいだった。

ボクの使うPCはクルマの買い換えより激しい。すでに、10代目を超えてた。
現在では、世界中にネットされているから、海外メールも瞬時に遅れるし、読める。大量の情報を保管出来るデスクも内蔵されている。3.1時代をふり返れば現在のPCの姿は、まさに夢のようなパフォーマンスだ。その発展ぶりは驚異だ。新聞社から鉛筆が消えて、いまではノートパソコンだという。
「いろいろ機能があるみたいですが、自分は書くだけですから」とは、後輩のコメント。

…人生での失敗の数では、自分でも呆れるほど多いが、PC関連の失敗談義はそれ以上に「金メダル」候補に違いない。投資した金額が桁違い、と友だちも呆れる。ま、とにかく、なんでもそうだがボクの場合、トコトンやってみないとダメだという性分。要は、頭が良くないのですよ。

さてさて、これだけの失敗談義の持ち主がいま、「人材育成支援事業訓練計画」なる未就職者のために、IT関連とコミュニケーション能力アップの、ふたつの授業をすることになった。現在、どんな職場に行ってもPCが出来ないと始まらない。
昔々は「読み書きソロバン」だったが、いまは「読み書きパソコン」の時代だ。PC作業や情報処理能力はいまでは就職活動には必修だ。
3月末開塾のために、もっか、突貫工事中。
教室の備品の手配から、ポスター制作…等々が続く。アッタマに来ることが多いから、怒鳴り声も上げる。いい加減なカラ返事は仕事の停滞の元。大家さんも、新教室開設のために協力してくださり、3月末予定のフロア整備を繰り上げて、すでに工事を始めてくださった…。

みんなでやり遂げたいのだ。
友だちに「いいか、覚悟しろよ。お前はEXCELの講師をやれ!」「君はアシスタントだかんな、いいなッ!」「電話番はマキとカナちゃんがいいのだぁ~」「お前は高校の先生だから、面接官!その日、春休みだろ。来いよ、なッ!」
スーツを新調しないと…との提案は、「まさみさんはダメです。あるからいい!」と、簡単に却下…チェッ。「シュウちゃんとトオルさんたちが必要ですから買いましょう!」だと。
ものを安く買うのはボクの場合、一種スポーツ感覚なのです。新車でも、みんながあっと驚く価格にして買っちゃいますからね。サイトでの買い物も、電話して相談しながら数字を入力しますから…ハイ。コンピュータ屋さんは、サイト情報価格よりもさらに「おまけ」してくれます。
とにかく、うるさいのが楽しい!


…まさみ…
by masami-ny55 | 2011-01-27 16:58 | 日記

国の仕事のお手伝い

国の仕事をすることにした。
そう決断したのは昨年10月頃だったか…。

きっかけは、都内の教育機関からIT関連の授業して欲しいとの依頼があって、事情を聞いてみたら失業者の救済らしい。IT関連の講義と実技を指導してくれないか、という。大手専門企業に相談したが、資金的に折り合いがつかない、という。提示された支払額では確かに仕事としてやるには報酬が少ない。しかし、失業者を放っておく訳にもいかず、収支は後回しにして依頼された仕事をすることにした。
集まった失業者は若い人たちが多かった。大卒だが就職漏れした若者たちだった…。
彼らの授業態度は熱心だった。
やがてそのクラスから、マイクロソフト公認の資格を取得できた若者がたくさん出てくれた。それだけでもうれしく、さらには、その資格を得たために念願の就職先を決めていく…。彼らの生き生きした顔は、輝いていた。

ボクは個人的に、日本の将来は「教育」にかかっていると思っている。国の宝である子供たちをどう教育指導してあげるか、どう磨いてあげるか…だと。人と関わり、人生を分かち合い、個性を認め合って…。
そして、競争することを人生の励みとする…。最近の学生は婚活だの就活だの新語に現れた自分本位の人生ばかりにふりまわされ、部活や文武の楽しさを知らないという。責任感の素晴らしさを知らないままになっている若者たちが多くなった気がするのだ。
人生の中での「選択」や、人としての「自由」は、必ず「責任」が伴う。それが人を輝かせ、強いものにしていくとボクは思っていた。

就職したくても、就職先がないのも現実だ。「職業訓練制度」というのがある。国の仕事だ。
なにかひとつでも実技を身につけて、それを頼りに仕事先を探す。なにひとつ資格がないよりも就職活動をするに当たって、有利だろう。その仕事をすることにした。
ボクの知っているIT関連の知識と、記者時代に積み重ねたコミュニケーションの技術力を洗いざらい彼らに伝え、また仲間たちと一緒になって彼らと勉強することにした。

現在、日本では失業者は300万人を突破している。若者たちもいれば、40代の家族を抱えた人たちもいる。そこで、今年1月、静岡に飛んで「ジョブカード講習者登録」を受講したり、授業内容を立案して書類を国に提出したりと、結構ボクの個性とは違うことをしてみた。その結果、本コース6ヶ月間と特別コース3ヶ月間の、2つの授業が国から認可された。正直、両授業ともに、国が認可してくれるとは努々思ってもいなかったが…。
やってみようと思う。
これからがボクの実務になる。ある程度の資金集めも覚悟の上だが、なんとかなると思っている。新車購入をしたばかりなのに…。事務所だけのフロアでは、手狭過ぎて2つの授業を同時進行するには間に合わない。新たな教室も必要になるが、長年おつきあいをしてくださっている大家さんに相談したところ快く迅速に手配してくださった。

明日から、パンフを創ったり授業内容の流れを詳細に点検したり、面接の準備をしたり、教室を完全にしたりと、みんなで手分けして、力を合わせればこの仕事は実現できると思う…。

高齢化する日本だからこそ、若者たちの「夢」をデカイものにすること。家族を持っていながら様々な事情から失業した人たち。そんな人たちにボクは少しはなにかのお役に立つかも知れない…。


…まさみ…
by masami-ny55 | 2011-01-22 02:15 | 日記

さらば、Y33型グロリア…。V36型との出逢い

一昨日のこと。
平成7年に購入したグロリアとお別れした。16年間、ボクの欠かせない大切な足になって活躍してくれた。走行距離20万キロ、その間大きな故障もなく、事故にもあわず仲間たちを乗せて走り続けた。

戦後50年の節目に東京・銀座にある日産自動車の技術陣が開発した。歴史上10代目になるグロリアだ。この頃ボクはシーマにも乗っていた。現在日産はシーマの販売をやめたがボクはシーマ3代目まで乗り継いだ。シーマ1世のような走りを続けていたのがこのグロリアだった。
VG30DET型 V6 3.0L DOHCターボのエンジンを搭載したグロリアをインパル仕様にグレードアップして時速300キロまでの走行可能車にしておいた。現在でも同車は都内などでも見かける。ミニバン型や、かまぼこ形が全盛の時代の中で、流線型のボディラインは未だにクルマ本来スタイルとしてマニアには捨てがたいクルマなのだろう。先日、友だちを乗せたら「これ、どこの外車?」と聞いたほどだった…。
学生時代からクルマが好きで様々な車種を乗り継いだが、現在主流になっているミニバン型は運転はするが購入はしない。8人乗りもいいが現実にボクはそんなに沢山の人を同時に同乗することはないし、そんなに沢山の人を乗せて気軽には運転できない。
お年寄りなども乗せることがあるが、ミニバン型では乗降の際ドアが高いために苦労をかけてしまうのもイヤな感じがする。その点、セダン型のサルーンなら乗降も容易く乗り心地も安定している。運転していて同乗者との親近感も保てるのがボクの好みと合う。

さて、20万キロ走行したグロリアを手放した理由は他でもない、「保険」だった。
車両保険が限界だと感じた。このグロリアは会社の仲間が新車から乗りこなしていた。10万キロ程度走った頃から、ボクが乗ることになった。その際、ボディの傷を全て友だちに頼んで綺麗にしてもらい、古くなったタイヤを新型に交換。インパル仕様にしたのはこの時だった。それほどボクはこのクルマにこだわった…。しかし、如何せん1995年のクルマ。保険価値は年とともに低下していく。保険料は安くなるが万が一事故をしたらおおごとだ。故障はしなくても部品交換が激しい。昨年もそのことで随分出費した。
「この先を考えては…」と提案してくれたのが、20年以上つきあっている日産の販売員君。そのたびに断ってきたが、今回ばかりは聞くことにした。

そして、新車と交換することにした。
V36型スカイラインである。R34型の真っ赤なスカイラインは手元に置いたまま、グロリアと交換である。
一昨日、日産の店頭で交換した。グロリアに別れを告げてこの新車に乗り込む。まずは初乗りはまずスタッフ。みんなで乗り合わせお茶でも…、と話していた時だ。スタッフの携帯が鳴り、車中で授業申し込みの仕事になった。「縁起がいいねぇ、このクルマ」。さらに、昨日のこと。前進7速を試すために都内高速道路から外環を走行することおよそ3時間。直列6気筒エンジンしか知らないボクにとって、V型エンジンは初体験。静かすぎるのでは…との不安もあったがさすがに2世代超えた車種だけあって乗り味は全く違っている。コーナーの安定感はさすが日産車、サスが強い。「肩口から入る感じ」は日産車独特の安定感だ。くだらないことだが、燃費がいいのには驚いた。都内のチンタラ走りも含めて160キロ走ったが4分の1しか減っていない。ボクは昔から燃費にはさほど重きを置いていないが、それにしても随分経済的なクルマである。あれだけ高速で走り、しかも都内の渋滞でも走ってみたが…。R34型ではこうはいかない。グロリアだったらタンクの半分は減っていただろう。ただ、今まで乗り継いだスカイラインの走りの感覚からすると、おとなしい。V型エンジンのせいか、上品な感じだ。ただ、高速に出ると俄然楽しくなるのは、相変わらずのスカイラインだ。R34型クーペと比べれば少し重たい感じもするが、はやく7速に慣れたい。で、試運転して事務所に戻ったらスタッフが「申し込みがありました…」と泣いている。
感動したらしい。このV36型、縁起もいいクルマのようだ。

ここしばらくは、いままでのR34型とこのV36型の味比べを楽しみたい。
あっ、そうだ。V36型にはボク的には欠陥があった。それは、「禁煙車」だということ。だから、走行するにはボク個人の灰皿がいるのだ。これも時代か…。


…まさみ…
by masami-ny55 | 2011-01-15 08:47 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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