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ホッとする仲間たち

なんだか、去年と同じ状態のボクです。
出版社からの原稿を抱えたまま、台本を書くことになりそうです…。

そんな日を続けていた今日のこと、ソウコとランちゃん、ヤマダ君とオカダの4人とおしゃべりができました。ランちゃんは仕事が終えた夜10時頃から合流してくれました。オカダ君も稽古がすんで、そのまま10時30分頃に到着。彼らと話していると、ホッとするのですよ。古い友だちと会っている感じですから…。結局、巣鴨駅のファミレスで12時頃まで。去年は仕事の関連でこの舞台に乗れなかったソウコは、今年は乗ってくれます。まあ、彼女がいてくれるだけで舞台の幅は広がります。
「照明がひとりたんない」との話が出たとたん、ソウコは友だちに電話。その場で、決まりました。
去年はほんと、この照明が…。今年は一昨年同様にしてみようと思います。

みんなと会う前に、新人のオーディションをかねて昨年出演したゲンちゃんたちとカラオケに。
新人の歌声を聞いたあと、「今年は歌だけだよ」と言っていたゲンちゃんがソウコにせっつかれて歌い始めました。ボクは彼の歌声をきっちり聞いたことがなかった…。
「やるじゃん!」
「じゃあ、これもやってみよか…」
ロック調のゲンちゃん、本領発揮でした。去年はゴタゴタ続きで、ちと、沈みがちだったゲンちゃんでしたが、それは解決したらしく、今年は「舞台のセンター」を取る役回り…に、しちゃおうかなぁ。

4人とミチヨさん。この仲間に去年から入ってきたゲンちゃんで6人。芝居ができて、歌える役者がこれだけ勢揃いしてくれれば、あとは台本次第…プレッシャーだよ、ねぇ。彼らベテラン勢に、今年は日大芸術学部の学生たちと、新人の2人も加えようかな…と、思っています。
ピアノは今年からかわって、大学の先生をしているおもしろい女性が参加してくれます。まあ、日本の母って印象かな。彼女、大変に面倒見がいいのですよ。
ヤマちゃんが言ってた。
「今年は初心に戻ろう」って。

クラシックのアリアにミュージカルナンバー、ロック、ギター曲にダンス音楽、唱歌と現代流行歌も入れて…あーあ、「ウラシマさん」のお話がどんなことになりますやら…。仕上げをお楽しみくださいませ。


…まさみ…
by masami-ny55 | 2009-06-30 02:02 | 日記

友引の日が続きます…

昨日といい、今日もまた友だちの紹介で、人と出逢いました。友引の日が続きますねぇ…。

今日会った人は劇団四季で活躍していた女優さんでしたが、その後フリーになって数々のミュージカル舞台で活躍している人。ボク自身もなんどか彼女の舞台を見てきました。
紹介してくれたのはオカダ君とヤマちゃん。
今までのパンフレットをご覧になって、「立派ですねぇ…」

夜になりかけていましたから、このまま食事に。近くがいいだろうと、行きつけのお寿司屋さんへ。
そこへ、ボクの舞台の広報担当部長のビトウ氏が登場。「いやいやいや、おそくなつて…」
と、思いっきりサラリーマン挨拶から開始する姿勢は絶対に崩しません、ハイ。
いままでの舞台のことや、なぜこのタイトルになったのかという経緯(いきさつ)なんかを話したりしたのですが、ビトウ氏はここぞとばかり四国の両親が来ているんだとか…、すでに320枚は売れちゃってるんですよ、とか…。

まあ、オカダ君とかヤマちゃんに言わせれば「こういう舞台は他にはないんですよ」という声も雑音に消されていきました…。
ボクは彼女に「こんな感じなのかなあ」と、想像して欲しかったのですが…、どうだか、ねぇ。
「本番はいつなんですか?」との質問に答えるオカダ君。さっそく彼女は手帳を見てくれました。
「ここしばらく、すこし暇になっているのよねぇ」
とはおっしゃるけれど、彼女の芸歴からも実力的にも、絶対に空いているわけがないのであります。
秋はコンサートだの、新作の舞台だのとそんな暇はないはず…。
「もしかしたら、なんとかなるかな…」とのご返事をいただきました。なので、ここは速攻です。
「お腹もいっぱいになったところで、ではちょっと声を聞きましょうか、ねぇ」
「えッ、いきなりオーディション!」ビックリした割には、余裕の笑顔です。

オカダ君が「いつものカラオケ屋がいいんじゃないですか」との助言。では、クルマであそこへ。

劇団四季の有名な曲を数曲歌ってもらいました。しかし、ボクの耳には、全部日本語ってすごすぎですって反応。まるで別の音楽を聴いているみたいだったし…。すごい…。
ただ、彼女の声はソプラノで、実に伸びのある声。これはもう、さすが、としかいえません。
ボクは「もういいかな…」とかなんとかごまかして「唱歌は?」
歌ってくれましたから、聞きましたよ…彼女の歌声を! いいんじゃないのぉ~~。まっすぐな声、なのですよ。
では次。演歌を。美空ひばりさんの曲をリクエストして歌ってもらうことになりました。
「歌ったことがないから、とびますよ」とは言いましたけど…。んーー、ご立派でしたねぇ。
「私だけ歌ってごめんなさい」というので、ヤマちゃんも参加してのミュージカルナンバーのデュエット曲を。オカダ君は今回はマイク係に徹してくれています。
そういえば、付いてきたサラリーマン・ビトウ部長のヤツったら、終始、目を細めっぱなし。あきらかに、
「得した、オレ」
って顔、丸出しでした。まったく!

予定よりも遅くなったので、クルマで駅まで。
車中、恐るおそる「ご出演いただけますか?」と伺ったところ、「はい、私で好ければいいですよ、でも歌だけと言うことで…」
だって! 
彼女を見送ってから、オカダ君と車中ふたりでいろいろとイメージが膨らんだ話をしてきました…。
先に帰ったビトウ氏のヤツ、ニタニタしてたっけ。いっつも、ヤツは得してるんだよねッ、まったく。
近々、ピアニストにも会うことになっています。パーカッションのマーヤもまた出ますからねッ。

そうそう、今日の朝でしたよ。メールが来ていましたっけ。あのソウコからです。
「出るよ」だと。この舞台って不思議です。これでだいぶ賑やかな舞台が帰って来ました。
まだ本人との確認はとれていませんが、去年出てくれたギターだけだった通称レミゼのゲンちゃんですが、オカダ君を通じて「今年はちゃんとやろうかなあ。まさみさんに、ビリージョエルをやるよって言っておいて」との伝言が届きました。ビリーをやるんだったら、逆にスタイルを変えて、ボビーダーリンとあわせたらたのしいよねぇ…。

この舞台はなんだか人生と似ています。
出逢って、別れて…を繰り返しながら今年で7年目になりました。オカダ君とヤマちゃん、そしてミチヨさんとランちゃんは相変わらずご健在です! それと三年前からはじめた役者のタマゴ・日大芸術学部の学生たちの参加もまた刺激的ですね。

さてさて。なんだかんだと集まりましたぞ。
今年の夏は、果たしてどんな手紙を書きましょうか、ねぇ。主役のウラシマさん!

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…まさみ…
by masami-ny55 | 2009-06-20 02:39 | 日記

こんな出逢いの韓国青年

こういう出逢いもあるんだなあ…と。
なんだか、今年は韓国づいてますねぇ…。

今日のお昼、韓国から来た青年とお会いしたのですよ。彼は観光旅行で来ているわけではないのです。日本で仕事をしながら生活することを決めた青年なのです。すぐに仕事を探すわけには行かないようで、外人登録証なる身分証明書を発行してもらってから、だそうです。そのへんの法的順序はボクにはよくわかりませんが…。
とにかくこの青年とは、ボクは全くの初対面。5年間ほど「メル友」を続けている人からの紹介です。メル友さんは、韓国で日本語を教えている先生をしています。生活を韓国でしているので、教え子たちがたくさんできるんでしょう…。メル友先生とは一度もお会いしたことはありませんが、まあ、手紙の書き味から察しても、明るい性格のようです。
今日の青年は、そのメル友先生からの紹介で会ったというわけです。

聞けば、16日に日本に来たばかりの青年。
到着早々彼からボクにメールが来ました。なので、返信にはボクの連絡先を書き添えておきました。
そして今日の午前中に電話が来ました。メル友先生は「まだまだ勉強不足なのです」なんてご謙遜していましたが、なかなかの日本語です。挨拶はもとより、礼儀正しさや自己表現言語が見事なのです。わずか一年間程度の短期間の勉強でよくぞここまで教え込んだモノだなあ…と、感心しました。

ただ日本語が上手でも、東京都内の地理はまったくわかっていませんよ、ね。地下鉄線の複雑さはNY並みかそれ以上だし。なにせ、まだ来日4日目程度の彼がこの事務所までたどり着けるかどうか…。電話で話していて、これはムリだ、と感じたので最寄りの駅で待ち合わせです。
果たして…。
お見事。二度の乗り換えをして時間どうりに来ていました。

まずはお昼だったので、お茶大近くのイタリアレストランで軽く食事しながらお話です。
「美味しいです、これ」
と先に言われちゃったから、覚えたての韓国語、
「マシッソヨ?」っていわずにすんじゃった…。
で、食事が終わってどこに案内してあげようか…とはいえ、夜まではいられないし。
会社に電話したら、「浅草でも行ってくれば」とのこと。
「ネガ サルッケ」って、言ってみたら「いいんですか」って日本語が返ってきました…。ちと、うれしい。

クルマの中でもダベリングです。仕事のことや自分の家族のこと、日本に来たこと、そのときの自分の気持ち…などなど。

浅草に行っても、観光旅行が目的ではないのでさほどの感動はなさそうです。それよりも、話が楽しいようでした。
「こんなに日本語を話し続けてのは初めてです」
だって。

4時頃、彼の帰りやすい地下鉄駅まで。こういう気持ちのいい青年ならきっと日本で成功するはずです。
ボクの友だちも紹介してあげようかな…。
「タウメ ト バヨ(また、会いましょう)」

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…まさみ…
by masami-ny55 | 2009-06-18 18:10 | 日記

本がなくなる…かな?

コメントしてくださった皆さま>
脱稿したから「おめでとう」ってお祝いしてくれるのは時期尚早でございます。
本の編集の一般的な流れとしては、脱稿した「初稿をたたき台にする」なんて言葉があるように、ここからが編集作業。作家と編集者のバトルが開始するが平均的な本作りなんですよ。めでたいどころか、これからが試合開始、ですぞ。

純文学をやっていても、たぶん作業としては同じような手順で出版されていくんじゃないかなあ…。
いまは昔と比べて、出版事情がなかり悪化しています。

活字媒体の新聞社や出版社の経営は広告収入に頼ってきました。日本が米国に比べて面積が狭いですよ、ね。日本の面積は、米国カリフォルニア州より小さくて、カリフォルニア州のロサンゼルス市は日本の岩手県とほぼ同じ面積です。それほど日本は狭い国ですが、かつて全盛期の頃は、雑誌の種類だけは米国とほぼ同じくらいの種類が出回っていたと言われます。
それほど日本人は雑誌が好きなのか…。確かにそんな風土はありましたが、これだけの雑誌が生まれたのは、日本経済界が活性化していたからです。
広告すれば売れる、それだったから各社は、特に化粧品、衣類、薬メーカーなどは、こぞって広告に載りだしていたのです。その媒体の王様が雑誌だったわけです。新聞社もこれと同類です。
新聞紙面には、政治面から経済面、スポーツ面に文化家庭面など一紙の中にたくさんのテーマが内包されていますから、その面の下段には関係する企業の広告が掲載されてきました。そして、広告費用は発行部数で決まりました。なので、新聞社にしても、雑誌社にしても部数拡大のために様々な努力をしてきたのが、その歴史になっています。

雑誌の出版を持たない単行本専門の出版社は、時代で要望されるテーマを新聞や雑誌から見極めて、月間編集会議などで出版企画を決定して、作家に依頼していきます。
年間行事を持つ出版社は、その行事をイベントにして大衆の意識を向けさせます。その歴史を積んできたのが、出版社です。

ところが、このPCの出現で出版業界は今まで培ってきた歴史が止まりました。媒体革命、ともいうべきなんでしょう。「紙」を使わない出版、に様変わりしています。
実はこの媒体革命は音楽業界のほうが先駆けでした。「楽器」を使わない音楽、の製作ができるようになったからです。コンピュータファイルのMIDIに代表される「音記号」の開発でした。コンピュータに記憶させた「音記号」を「音源」に接続してあげれば、ピアノ音になったり、弦楽、管楽器、打楽器に聞こえてきますから、これを同時に機械的な配列をした組み合わせをしてあげれば、たったひとりでなんと「交響曲」の「音」を創れて、「演奏」までやってしまう。そして、それのデータをそっくり音楽出版社に「メール」で送信できるというわけです。
演奏家がいらなくなりました。高額のスタジオを借りる経費もいりません…。現在さまざまな若手歌手が歌ったCDが発売されていますが、ほとんど、いや、すべて、といっても過言ではないかも知れませんが、電気で加工された音と声が耳に届いたいます。生の歌声や演奏を聞く機会は今後ますます減っていくことでしょう…。

作家たちも原稿用紙を使うことはないでしょう。現在、原稿用紙を受け取った出版社が困るはずです。なぜなら、彼らの編集作業はいまや、PCに頼っているからです。もし、原稿用紙に書かれた文章を受け取ったとしたら、編集マンたちは、全文をいったんPCソフトで書き換え作業しなければなりません。A4の平打ちを85ページほど書き上げた原稿を、四六版に製本すると、250ページ程度の本が出来上がります。四〇〇字詰め原稿用紙だったとしたら350枚弱書けば仕上がります。
現実には、目次や見出し、写真もしくはカット、奥付などでページが取られますから、原稿用紙は300枚以上書けばなんとか本らしい体裁になります。10年ほど前までは、原稿用紙で書いていた作家もいたと言いますが、私はすでに原稿書きはWindows3.1時代からPCに頼っていますから、ずいぶん経ちました。かつて、ノートPCを2台持ち歩いていましたし、デスクトップは個人で3台使っていた頃もありました…。その用途は原稿書きだけではありませんでしたが。

出版社はいま時代のなかであがいています…。
活字媒体だけでは広告収入が取れない時代です。印刷は昔と違って、データ管理です。
発行部数も、以前のような「だろう的数字」でごまかされなくなりました。

本がなくなる…。その昔、60年代後半、フランスの映画監督トリフォー監督が「華氏451」でみせてくれましたが、そこまで極端ではないけれど、確かに本が年々減少しています。
神保町に行くと驚くことでしょう。たとえば、日本文学大系、世界文学大系などが「裏神保」に入ると一冊100円でバラ買いできます。こんなものは序の口です。美術書や医学書、宗教哲学、文学評論などの専門書でもあきれるほど安値です。吉行さんや開高さんなどの全集などは寂しくなるほどの値段で売りに出されています。要するにいま、ボクがまだ若かった学生時代とは違って、学生が本を読まなくなったのです。これは、なじみの古本屋の店主さんがボクに言って聞かせてくれた話なんです。
日本語が…アブナイ時代なのかも知れない。日本語が危険だと言うことは、本を読む作業とは別に人としてのコミュニケーションが危なくなった時代なのかも知れない…。

現にこのブログとて、「横書き」です。
和歌だけは横書きにはしたくないですよ、ねぇ。でも、せざるを得ない。正しく書けなくなっている漢字。現に、変換機能がそうしてくれるから、漢字を覚える必要はない。
昔、ボクは「憂鬱」なんて漢字は「虫眼鏡があっても書けやしませんよ」、って国語の先生に言って笑われた楽しい時代があったけれど、そんな授業体験もいまの学生はなくなっているのかも知れない…。

なんでも時代のせいにしてしまえばラクだろう。たしか、吉行さんは「赤線廃止のせい」という言い方で片を付けたかったようだが、ボクは「赤線廃止後のこども」だからそれは知らない。
でも、そんな吉行さんが現代を見て、なんというだろうか…。そんな野暮な人ではないなッ。

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…まさみ…
by masami-ny55 | 2009-06-11 02:47 | 日記

脱稿したら、今度は舞台の脚本「浦島太郎」

昨日の深夜…。
やっことさ、脱稿した。まったく、自分でも呆れる。経済モノって時世の流れが直接影響するので、そのたびに企画が変更してしまう。まあ、それが経済本の宿命なんだろうけど、書く側としては困った宿命だ。

さて、さて。
これからは編集者がボクにあおられる季節にかわった。
「まだかよぉ」
とは、散々編集マンに言われてきたが、今度はこっちがそのことばを言える立場だ。
「まだかよぉ」

知らない人がこのことばだけ聞けば、随分乱暴に聞こえるから、
「仲が悪いのか」「いつもケンカしてる」と思われるが、実は違う。
こんな乱暴な言い方をするがお互いに、一種の気分転換にもなっている。
このキャッチボールが、楽しい。
書き上がった原稿に見出しをつけたり、広告用のコピーを考えたり、カバー表紙のデザインを発注したり…。ときには、書き上がっている原稿の中を、けずったり、入れ替えたり…が、編集者の仕事だ。
こっちにしてみれば、若いときは自分の原稿にケチを付けられたようなイヤな感じになったものだが、いまとなっては、「好きにせぃ。売れなかったらキミのせいだかんな!」などと、編集マンを脅せるまでの古参作家の心境になった。
これでようやくまた平穏な日々が戻ってくる…と思いきや、今度はガラッと変わって、舞台の台本を書くことになる。

こっちはおもしろい。実に、おもしろい。
「手紙」をモチーフにしていままで怪人二十面相やスーパーマン、孫悟空などから「手紙」がきた、という設定で舞台をつくってみた。去年はひどいものだったから、今年はその仇を討つ。ぶっそうな言い方だが、それほど名誉挽回をしたいと覚悟している。

今年は、浦島太郎から手紙が来た、という設定にしようと思っている。
だから、俗に言う「和物の舞台」になるのではないか…。

現代は、職場でも家庭でも学校でも「いじめ」の現実が話題にのぼる。
で、人に望みを聞くと「あの頃にもどりたい」と言う。

この関連のないふたつを混ぜて合わせてみると、ボクには「浦島太郎」が浮かんできた…。
そんな台本を作ってみようと、去年そう思った。

これから書いていく…。

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…まさみ…
by masami-ny55 | 2009-06-09 17:11 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


by masami-ny55

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