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「Bourne Ultimatum」のNicky

The Bourne Identity
The Bourne Supremacy
The Bourne Ultimatum

英単語のお勉強みたいな映画のタイトル。
まあ、とにかくこの「ボーン・シリーズ」ボクのお気に入りなのですよ。

「ダイハードシリーズ」もいいけれど、ボクはこっちのほうが好きですよ。
抜群のテンポの良さ。歯切れのいい編集がこのシリーズの特徴。活劇はこうじゃなくちゃ! BGMがまたいい編集をより効果的にしてくれています。お見事です!

e0013640_23162178.jpgで、特にボクはこの映画に1作目から登場しているジュリア スタイルズのファンなのであります。初めて言いましたねぇ、こんな野暮いこと。もちろん、「シリーズ」2作品のDVDはここにちゃんとあります。ボクが寝ながら見ている作品のなかで、最近一番見る回数が多いです。

彼女はそんなに美人ではないのです。まあ、どっちかというと
「ん…微妙」って感じかな。

これまでジュリア ロバーツと共演した「モナリザスマイル」が結構ヒットした、と聞きますが、それより彼女の事実上のデビュー作「セイブ・ザ・ラストダンス」がボクとの出逢いでした。

クラシックダンサーから、ヒップホップを黒人の友だちから習って踊っていくシーンは、いつまでもボクの心に残った…。
なんとなく気になる女優でした。

だから、「ボーン・シリーズ1作目」の登場したときは、「??」と見間違えるほどでした。ジュリア…だよなぁ、とタイトルバックで確認するほど今までの彼女の芝居とは違っています。で、2作目はとっても印象的。彼女のキャラクターが明確に描かれていました。
今までの彼女とは違って、大人の女性を演じています。

そして、今回の3作目。ジュリアが演じるニッキーがいなかったらタダのスパイ映画…に終わってしまうところでした。ラストシーン…! 見てくださいませよ。ジュリアの表情を!

全然関係ないけど、ボク、映画を見る前になんとまあコンビニに立ち寄ったのですよ。
しかも買い物はライター。だって、ポケットに入ってないだもの。
で、発見! なんとヤンキースの「松井秀喜選手」のライターです!

…ほんと、全然関係なかった、です。

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…まさみ…
by masami-ny55 | 2007-11-21 23:26 | 日記

起きたら…

ここしばらく、早朝からの仕事が多くて…。
結局昨日の晩は眠たくて眠たくて…。9時頃には熟睡してしまったようだ。おかげで今日、なんとまあ、こんなに早く目が覚めた。
そして今日、久しぶりの京都だ。歯の治療ではなく、役者さんの弟にお会いする目的で。

新幹線の出発が9時なのでこれから軽く身支度。
なんとまあ、シミタイ君も同行する。
「どうせなら、ノダッチも呼びましたけど、来れるといいけど」
と、シミタイ君は言う。まあ、今日はシミタイ君たちと新幹線でのダベリが楽しみ…ということかな。

こうしてひとりになったら、かえって仕事が増えた。
不思議だなあ。

そういえば先日、出版社の編集マンから電話があった。彼から電話が来るのは珍しい。
「読んだよ、この前の原稿。いいじゃない。そのまま書き続けてよ」
という感想だ。いつもなら文句の多いヤツが珍しく初稿の段階で「いい」なんて言うために電話をくれたことが、珍しい。ちと、ボクは安心した。この原稿は経済モノなのでナマの情報。すぐに変化するのが、書き手にとっては恐ろしい。でも、編集マンからの「いい」の感想には心強い。なんとしても年内の脱稿を。

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…まさみ…
by masami-ny55 | 2007-11-18 06:09 | 日記

ことばの世界

事務所を引き払ってひとりになったら、仕事が増えた。ちと、皮肉な結果だが。
アメリカ資本の企業研修団体から、「交渉・商談」のマニュアルを日本語として読めるように書き直したら、運良く好評だった。このマニュアルは、この団体が日本にある在米企業の2日間研修に使われるらしい。

Negotiation は必ずしも商談だけではない。職場限定の会話ではない。家庭でも、友達との間でも、この会話が必要になる。とくに、現代人は多いはず。

書いている途中、感じたことは「ことば」の複雑化、だった。
これほど複雑にしていいものか、とさえ思った。要するに、現代人って複雑にしたがる傾向が強いということなのか…。

「ことば」の本質は、かかわり、だ。かかわりは出来るだけ単純な方が伝達能力が優れる。
極端に言えば、「GO」か「STOP」だ。「YES」なのか「NO」、「ON」なのか「OUT」か。

「在る」のか「無い」か…。もっと極端に言うと、「生きる」のか「生きない」か、である。
ことばとは、かかわり、だ。従って、「言語学」は「生きる」人たちのためにある学問だとボクは信じていて、このことに絶対の信頼を持っている。
「在る」を決して疑わない。ボクはそう生きてきた。哲学的認識論のワナに陥ることだけは避けたいのだ。このキーボードは、ここに在る。これを絶対的に信頼している。キーボードの裏面が見えないからと言って、果たしてこれがキーボードか? という疑いをボクは持たないということ。

はじめてキーボードに触れたのは十数年も昔。Windows3.1 の時代だった。はじめてだったから、キーボードをしげしげと眺めて、ひとつひとつのキーを押すたびにモニターで確認した。このキーは変換、このキーは行替えか、で次は…。キーボードのルールを覚えながら書き込んでいく。時間がかかりすぎるし、失敗するとイライラした。そしてボクは「チキショー! こんなの、めんどくちぃ~~、原稿用紙に直書きしたほうがよっぽど早えぃ~」と、PCに悪態をついたものだった。
しかし、ボクはここで止めなかった。
そのうち気がついた。フォント(書体)の変化が楽しいことを。ボクは自分の文書は「教科書体」で書き上げる。文書ソフトは「Word」は使わない。いまだに「Word Perfect」を使う。MOTの取得者だが「Word」は他人が送ってきた文書を書き直したりに使っているが、自分では心地よく仕事が運ばない。日本語変換ソフトだけは、「ATOK」を使う。そう、ボクはローマ字打ちはしていない。仮名入力を使っている。
十数年前に比べたら、随分仕事の時間が早くなった。いまでは、このキーボード、何代も買い換えている。自分にあったキーボードを探している。まるで、自分に合う筆記用具を探しいるかのように。

キーボードが実に早く打てるようになった、という結果は、キーボードと私の、かかわり、だ。
さらには、違ったキーボードの形を見比べて、どっちがボクに使いやすいか、判別さえつくようになった。

「潜在的」とは、こう言うことではないか、と思う。
隠れて見えないもの、ではなくて、「生きている」ボクの身体に有効な姿となって顕れていることではないか、と思う。もともと、キーボードを早く打てる姿はボクに「在る」ものだった。それが実際の、かかわり、のなかで「姿」を変えて顕れる。これこそ、「生きる」の本質ではなかろうか…とさえ思える。

ことばは、それ自体、「生きている」とさえ思うことだってある。
言語活動は全ての、宇宙空間の全てが、それをしているとさえ思える。
極端な収縮と、無限の時を超える弛緩を繰り返しているかのように、ことば、だげがそこに在る…。

かかわりの秩序が、この全空間には、在る。
極端な収縮は限りなく「無」に近づき、同時にまた、時空を超えた弛緩も限りなく「無」に向かう。

そして、「無という秩序」の、ことば、だけがそこに「在る」…。


ちと、訳のわからないことを書いたが、ボクのメモとして残しておきましょう。

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…まさみ…
by masami-ny55 | 2007-11-07 04:43 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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