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「友」

持つべきものは「友」だと、改めてそう思う…。

10年以上いた事務所を引き払うと決めたのは、今年の夏も過ぎた頃。
これだけ長くこの地で暮らしたのだから、感傷的な気持ちになってしまう…。ボクの想い出が詰まっている事務所を去るのはやはり淋しいものだ。
引き払う理由は簡単で、経営難が続く中でこれ以上ガンバっても「先行き」が見えないからだ。みんなに迷惑をかけてしまう。

昨晩、物語だったらここでひとり男泣き…が本当なのだろうが、実はそうではない。肩の荷を下ろしたかのようなスッキリした気分だった。むしろ、今後の自分が実によく見えてきた。かかわってくれた人たちとの想い出が蘇る。経営が順調だったときと、悪化してからのかかわり方って、これほど違っているのか…ということもよく見えてきた。

いい時って、楽しい。楽しさに、人は群がっていく。ともに楽しみ、笑い、歌い、はじける。
うまくいっている土台の上には、まさに人間の愛そのものが躍動しているかのように錯覚するほど光り輝いているではないか…。
しかし、うまくいっていない時って、淋しい。どんな策をとろうとも、失敗や敗北の連続だったとしたら、そんな場は暗く切ないものだから人は去っていく…。当然だろう、人は「勝ちの世界」で生きていたいものだから。そんな意味でも、ボクは事務所を「勝ち」に導きたかった、かつてのように。

この考えが「負け」と言うことにボクはしばらく気がつかなかったのだ。

今が暗く、昔は光り…かな? ほんとうだろうか?
うまくいっていた頃は人が大勢集まっていたが、いまはほとんど人が集まってこない…。
でも、「友」がひとりもいなくなったわけではない。

「友」…昔々、この漢字は「慈」とも書いた。
悲しい…という漢字は、昔々は、他人の痛みや苦しみを分かちあっている状態を意味した。
そして出来た熟語が「慈悲」だった。

昨晩だった。引っ越しの準備をしてゴミがたまった事務所にひょっこり、シミタク君とノダッチ君が現れた。シミタク君はシミタイ君同様ボクに急接近してきた友だちだ。シミタク君は実は、15年以上勤めた会社を退職後、職探しをしていたが、4ヶ月ぶりに決まったとの報告をしにボクを訊ねてくれた。
「昨日、ようやく…」
シミタク君の表情は明るい。思っていた職場に決まったという。
「よし、今日は就職祝いしようぜ」
近くのファミレスで今後の話を聞いた。ノダッチ君はまた海外に出張するという。その報告もあって、事務所に来たのだ。

近くのファミレスで3人のおしゃべりが始まった。
ボクの話題はふたりのような明るいものではなかった。事務所を引き払っての今後のプランを話した。すると、シミタク君とノダッチ君が…、
「そんなぁ~~。なんとかしましょうよ」
と言い出したのだ。そして、「シミタイ君にも相談しましょうよ」と、ボクを励ましてくれる。

そして、今日の早朝。早速、シミタイ君から電話が来た。1時間後、ごった返す事務所に立ち寄ってくれた。近況を話したら、「そんなこと、黙ってちゃあダメですよ」とまたしてもボクの欲しいことばを与えてくれる。彼等のかかわり方にボクは男気を感じた。

「友」…。シミタイ君とシミタク君が言う。「12月、頑張りましょうよ!」と、ボクを励ましてくれた。
新しい「なにか」が生まれるときって、こんな時だ…。

さらば、我が事務所よ!
こんにちは、今日のほほえみ君たち!

…と、ここまで書き上げたところでノダッチ君とシミタイ君から電話来た。
「横浜ですよぉ~、ふたりでお茶してまぁ~~~す。明日、やり遂げますからご安心を~~」
だと! ノダッチ君の明るい声と、シミタイ君の元気な声が弾んでいた。

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…まさみ…
by masami-ny55 | 2007-10-18 21:14 | 日記

20年ぶりの再会

80年代の日本経済界は「格式」があった。
経団連、日本商工会議所、経済同友会はあの頃、行政の牽引さえしていた。
今にして思うが、日本が最も純粋に経済活動をしていた時代だった…。そして、80年代がそうした経済活動の終焉期でもあった…。

この当時の社長族は、概ね明治生まれだった。総合商社でも金融機関でも、日本を代表する製造業種の会社でも、明治生まれの男たちがこぞって「日本丸」の舵取りをしていたものだ。流通関係の業種では、社業の性格だろう、若返りが早く大正生まれの社長たちも現れていたが、それでも若干だった。

ボクはその頃、なんの因果か、出身大学から見ても全く畑違いの「経済担当の記者」になった。
子供の頃から音楽と映画、美術しか知らなかったボクが「経済記者」として大手町を日参することになった。商社と金融を廻って歩いた。
ここに一枚の名刺がある。中山素平氏の名刺である。彼と会ったのは、友だちの記者が「ついて来い」とボクを料亭に誘い、そこで顔なじみの他社の記者たちがいて、中山氏を囲んで雑談していた。
記者たちが中山氏にプレゼントしたのが、ここにまだ残っている中山氏の名刺である。

「鞍馬天狗 中山 素平」

この名刺をみて、中山氏は大いに機嫌がよくなって、記事にならない逸話の数々をおしゃべりしていた…。雑談の名手。ボクたち記者は彼を本名「そへい」とは言わず、「そっぺい」と親しみを込めてそう呼んでいたのが、懐かしい。戦後、川崎製鉄の千葉工場設立で、時の日銀総裁だった一万田 尚登(ひさと)と大喧嘩の末、5億円の会社でしかなかった川鉄に、163億円の融資を引き出してとうとう製鉄所を完成させた人物だ。ボクは若かったので、図々しくというか怖いもの知らずというか、一万田氏の自宅、渋谷に立ち寄ってその時の話を聞かせてもらった…。一万田氏はもうお年だったが、ボクをなかなか返してくれなかった。久々に訪れた記者と話がしたかったのだろう…。 あの時、中山氏に対して「製鉄所にペンペン草をはやしてやる」との大喧嘩をやり合った人物がボクの前に座っていた…。
中山素平は、その後、日産自動車とプリンス自動車を合併させ、富士製鉄と八幡製鉄の合併で難色を示す公取委を説得させ、「新日鐵」誕生をさせている。その奮闘ぶりと、私利私欲を超えた銀行マンであったこと。明治の男気を臭わせて、純粋に日本経済界の発展を信じていたこと。受勲や表彰などの「陽の当たる場所」を毛嫌いした性分…などから、いつしか素平を「鞍馬天狗」と記者たちはそう呼んだものだった。

そして、あの頃から20年が経つ…。わずか、20年でしかないこの時の流れの中で、日本人はたくさんの「忘れもの」をしているような気がしてならない。
IT産業も結構だが、どこか彼等は「お行儀」が悪い。経営者としの風格とでも言うか、男気と言うべきか、自社経営をまるで「ゲーム」のようにしている。
新日鐵で武田豊が社長になった時、自宅があまりにも「古すぎて、屋根にぺんぺん草がはえる」ほど痛んでいたのである。これを見て、「新日鐵社長自宅がひどい」という評判は、強いては「日本経済界がひどい」と言うことにもなりかねない。直ちにリフォームせよ、と命じらている。社用車は、国産車である。

これが日本経済界だった。
だがいまは違っている。まるで、成金族が勝ち組…とばかり、ゲーム感覚。体を張る仕事をしているわけでもないのに、パソコンをカチャカチャしていれば、それが「仕事です」という時代である。
「儲かれば」外車スポーツカーに乗りたがり、テレビや雑誌に顔を載せたがる。陽の当たる場所、派手な場所を好む傾向が強い。

総合商社で、例えば石炭を貨物車両一両ぶんの仕事を取り付けたとしよう。
その利益は、いかほどになるとお思いか? 100万円? 50万円? 30万円? それとも10万円程度か?

とんでもない、コーヒー一杯分の集金が出来ればオンの字なのだ。物流とは、そんなものなのである。
しかし、これを取り付けるまでの手間暇がどれほど大切か…。パソコンをカチャカチャ、とは行かないのである。人と会って、商談してようやく仕事になる。
なぜこんな仕事が出来るか、お分かりだろうか? ゲームをしているのではなくて、仕事をしているのだ。自分の仕事の意味を彼等は今でも知っている、日本貿易を背負って立つ、という貿易マンのプライドがあるのだ。これは、教えても出来る人と出来ない人がいる。

今日、日本経済新聞社証券部のK君と、出版社のT君と、そして出版社の若い編集マンS君の四人で会った。K君とは二十年ぶりの再会だ。証券部から離れていた。ボクがトヨタの本を執筆中なのでその話もかねて、T君がこの再会のお膳立てをしてくれた。神保町の鰻屋の二階で会食が始まった…。
銀座はなくなった…とK君はいう。今は、IT産業の若い経営者たちが六本木で合コンしている、とも言う。
「なに、それ?」
テレビタレントを数人呼んで、騒いでいるというのだ。ホントかいな?
「行儀が悪いねぇ」
するとK君が、「もう、どこにもいませんよ。日本財界の格式と伝統を継いでいる経営者なんて…」
と、こぼした。「日本経済は骨抜きですよ。終身雇用もないですから。まあ、そんなものを当てにしている若い企業マンもいないでしょうが」

彼等と会う直前、ボクは久々に昔行きつけだった古本屋に立ち寄ってみた。執筆のための参考書を購入するためだ。「社史」が欲しかったから、…アラ、本屋がなくなっている。
で、隣の古本屋さんのご主人に伺ってみた。
「社史を売ってたお店はいま…」
すると、意外な答えが返ってきたのである。
「社史はもう売れなくなったんですよ。個人情報ナントカとかいう法律があって…」
個人情報保護法が、こんなところにも影響を出しているとは!
世界中の国家の中で、こんな馬鹿げた法律があるのは日本だけである。人間的な常識、道徳観念を「法で定める」とは、なんと幼稚な国家に成り下がったものか…。

どこで生まれて、どんな人生を送ったのか…どんな楽しみがあって、どんな相手を向こうに回してケンカしたか、神の存在を信じるのか、だれが好きで、なにが嫌いなのか…といった人間性が無視されていくように感じる。民主党で若い議員たちの「身体検査」がなされていない、という批判が最近あった。
これも、個人情報保護法の反映だろう。バカも休み休み言え、である。


二十年ぶりの再会なので、どうせ酒席になろうと思い、クルマは置いてきた。ほんとうに久々だが、ボクはビールを飲んだ。そして、出された手料理を平らげた。
その途中に、「読売巨人軍が5年ぶり 優勝」の知らせを店の女将さんが届けてくれた。
日本人の忘れものがひとつ、届いたようで、妙に楽しくなった…。


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…まさみ…
by masami-ny55 | 2007-10-03 04:52 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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