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「旅」の出逢い

すでに12万キロを走ったグロリアが、旅を終わって事務所に戻ってきた。
十年以上も乗っているから廃車にすべきか、それとも、もう一度車検に出すか迷ったが、一応点検してみることにした…。性能はどうか…のチェックをしてみたい。

工場で点検した結果、異常はない、という。

それなら、このまま乗り続けてみることにした。バッテリーは交換したが、ついでにいろいろと手を加えることにした。部品が古くなっていたので、それも交換した…
結局、インパル使用車に造りかえてみたら、最高速度280キロにまでアップできた。
音響も取り替えてみた。それだけでも、室内が新しくなった感じがする。

革張りのシートが懐かしい。最近のクルマには無くなったが、後部座席の空調を運転席でコントロールできる空調ボタンが有り難い。

ここしばらく、このクルマばかり運転していたからスカイラインは車庫で一休みだった。


一昨日、久々にスカイラインを車庫から出した。横浜に行こう、と。
土地柄からいって、セダンを走らせるよりもスポーツタイプが似合う、そう思ったので…

事務所から横浜までは、45分程度だろう。
しかし、30分程度で着いてしまった。のんびり走ったつもりだったのだが…。

お目当ては、中華街の行きつけのお店で食べる「小龍包」である。
ボクはひとりでは食事はしない。
…何年も会っていなかった女性と、久々に電話が来て、会う約束になった。
彼女の住まいは横浜だ。「じゃあ、中華街で」となったという次第。
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約束の時間より随分早く着いてしまったから、中華街でブラブラしているうちに「中華まんじゅう」だの「肉まん」だのを買い物してしまった。DVDを見ながら、食べればいいか…

時間より少し遅れて彼女はやってきた…
娘さんを紹介したいと言う。
イギリスに長くいた、というのだ。人好きのボクとしては、なんだか、うれしくなってきた。

丁度、小龍包が出てきたところで、娘さんがお店に入ってきた。
今風なスタイル…だ。しかし、話してみるといたって素直な、どこにでもいる10代の娘さんだった。

お母さんと雑談していたら、突然娘さんの箸が止まって
「それって、奥が深そう…言葉の世界かぁ」
と、お母さんよりむしろ、この娘さんの方がボクの話に関心を持ったのだ。
「それ、私、参加したい!」

そう言っているうちに、横浜で仕事をしているミズコシ親子が途中から登場。
5人になった。

中華街を出て、近くのカフェでデザートを楽しみましょう。港の見える丘公園近くとか、元町とか、それとも山下公園前のホテルとか…折角だから、と思ったのだが、既に時間切れ。横浜のカフェは閉店が早い。
まあ、ファミレスで話の続きをしましょう…

結局、お母さんと娘さんが参加することになった。

いい日だった。楽しい時間だった… その帰り、小雨になった。
スカイラインは静かなエンジン音だったから、モーツアルトのピアノ曲を流してみた。

ニイミたちがメールしてきた。彼らにも、喜ばしい日になったようだ…


明日は、仲間たちとまた福島に行ってみようと思う…。
桜はもう時季ではないだろうけれど、黄金週間にちなんで、混んでいるだろう田舎道をスカイラインで走ってみようか…

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旅をしていると思いがけない人たちと突然出逢う。
だから、この旅はやめられない…




…まさみ…
by masami-ny55 | 2006-04-30 09:05 | 日記

現代版「三蔵と悟空」

子供の頃、「西遊記」が好きで好きで仕方がない…
斛斗雲(きんとんうん)、如意金箍棒(にょいきんこぼう)、緊箍呪(きんこじゅ)の孫悟空3点セットを本気で欲しがって、母親に、どうしたら手にはいるのか聞きただしたことがあった…

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斛斗雲さえあれば、青空のさらに上に飛んでいける。青空の上はきっと真っ白で透明な光が固まっていて、その上には竜宮城みたいなでっかいお城があって、その上には見たことがないほどのたくさんの星の群れがあって、そのまたさらに上には、透明な自分にしか見えない明るい天国があるに違いない…だから、それを見たくて、悟空のように斛斗雲が欲しかった。もの凄い早さで飛び回って、誰よりも早くその世界を見つけられる。そして、誰よりも早く元の世界に戻ってこられるのが斛斗雲の魅力だ。

如意金箍棒を持っていれば、もしかしたら宮本武蔵より強いかもしれないと、本気でそう思った…妖怪が来てもこれさえあれば地の底に追いやれる。背中がかゆくなったら適当な長さになるから手の届かない場所でも、とどく。便利だ。だいたい、チャンバラしたら絶対に勝てる! これは、欲しい…

緊箍呪は、帽子みたいだ。そもそも光っているのが美しい。きちんとしている。正義の象徴みたいだ。ヘンテコリンな仮面をかぶるのはイヤだけど、これなら!
…と、子供の頃そう思ったものだった。

いまボクの斛斗雲は、スカイラインと言うことになる。真っ赤だ。とりあえず、計算上は300キロで走り抜ける性能だ。もちろん、タイヤの気圧の関係からそれは無理だが。310馬力にしてある。
緊箍呪は、「制服」に化けている。ボーイスカウトの制服、学校の制服…ボクが「制服」を好むのは、きちんとした感じが好きだからだ。目的を以て行動している人たちの象徴が「制服」に現れる。緊箍呪、の印象がそのままである。

如意金箍棒は、ボクの場合「言葉」ということになりそうだ。
使い方を誤ると、自分が危うい。かつてボクは、そのために大怪我をしたこともある。


ところで、悟空の得意技と言えば、「化身の術」だ。自分の毛を抜いて、それに息を吹きかければ自分と同じ「悟空たち」がたくさん出来上がる…という術。悟空と同じ志をもって、妖怪退治にあたり、三蔵と天竺まで旅をする護衛にしている。

この術は、なんとなくだが、「旧約聖書」を思い浮かべることが出来る…似ている感じがした。

神様が土を自分の姿に似せて人を創った。アダムである。そのとき、神様は「命の息」を吹きこんでいる。そして、エデンの園をアダムに与えているという話が、悟空の「化身の術」とボクにはダブる。

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似ていると言えば、「アーサー王の伝説」に登場する「円卓の騎士たち」も、この「化身の術」とダブる。アーサー王と円卓の騎士たちは、同じ人格だと思えるのだ。

なんというか…「友」そのもの、とでも言おうか。
神様と人とは、本来「友」でいい。
アーサー王と円卓の騎士も、上司と部下ではなくて、実は「友」でいい。
生きる命のある場所は違っていても、生命の使い方は同じ。「友/とも」だ。

悟空の敵は、妖怪である。それは三蔵の敵でもある。
三蔵と悟空は、「友」でいい。師匠と弟子の関係から、お互いの目的がひとつに重なったとき、「友」になっている。さらに悟空は「化身の術」を使って「友」を増やしている…

妖怪を退治すれば、釈迦のいる天竺が待っている。


妖怪の住処は…まあ、そんなことはどうでもいいが、しかし、旅を続けていると確かに妖怪変化たちとボクは随分、たくさん出逢ったものだ。


そして、いま。
「友」が戻ってきた…

「友」は「友たち」と出逢って、いい。妖怪とわかっているのなら、それらはもう避けておこう。時間がもったいない。
もはや、妖怪は妖怪の術を使うのだから。「サル真似」と「被害者」の術だ。聞き苦しく、見苦しい。そこに、心の豊さは微塵も存在しない。在るのは、見栄で彩られた粉飾した妖怪の姿である。
妖怪は、仏と神の悪口を言い合って、嬌笑する。
妖怪は、心の故郷がない。妖怪は、天竺を恐れる。

そして、妖怪たちの世界には、
…「友」の会話は存在しない。

目的が重なっている人たちと出逢うために、また彼らは十数年前のように「旅」に出ている。
だが、もはや以前とは違っている。「新たな旅」のルールに従って…

光栄だった。
記者時代ならともかく、現在のボクにとって光栄な出逢いがあった。先日参加したご家族のお嬢さんがボクの授業に来てくれる… わざわざ自分でボクの事務所に電話してくれた…
こうした結果も、みな、我が「友」のおかげである。
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…まさみ…
by masami-ny55 | 2006-04-26 04:13 | 日記

「背くらべ」

このブログ、しばらくご無沙汰でした…
えッ? どこかにコモっていたのかって? まさか。

書かないときの理由は、ボクの場合、ふたつです。
書くことがないか、書く時間がないか、です。

書くことがない…のは、学生時代からそうなのですが、ボクの場合、「こと」が定まっていないときです。漠然としているのですよ。「こと」としての「形」になっていないのですよ…
混沌としている、というとかっこいいのですが、要は「モヤモヤ」とか「ガシャガシャ」してトッチラカッている…。従って感情体験が一定です。不安と心配と…まるで世界中の色彩たちが全部混ざった渦の中に自分が落ち込んでしまっているような…そんな感じです。区別できなくなっているとき…です。
こういうときは、原稿用紙も見たくない。口数も少なくない自分になっているのですよ。このふるまいは、学生時代から変わりないボクの姿なのです。

書く時間がないとき…とは、飛び回っているか、話に夢中になっているときです。

まッ、最近は書く時間がなかった、なッ。
だって、飛び回って話に夢中だったから。

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さてさて。端午の節句も、もう間近。
事務所近くのお風呂屋さんは、この日は無料です。
「背くらべ」という唱歌に習って、ボクは小学二年から台所にある柱にもたれて自分の背丈にあわせて印を付けたものです。確か、中学2年までこの柱にもたれていた…。大きくなって、そんなこともせずにいたら、十八歳になったとき、大学を受験する年のこと。五月でもないのに、父親が、「どれ、まさみ、こっち来い」そう言って、この柱にボクを立たせて小刀で印を付けた。「お前が大学生かあ…」母親は「大きくなった、まさみは…」そんなことを言われたことがいまでも忘れられない。

成長するよろこびだろう…。

我が子に「大きくなった」という親たちのこの言葉は、単に、子供の身体が大きくなったという意味だけではあるまい。十八歳までのボクのしてきたことを親の側からボクを見ての体験を予想しているのだろう。「まさみはこんなことをしてきたに違いない」…と思ったのだろう。
それは、ボクが音楽に関心を示し、トランペットを買い与えてくれた母とのこと。ボーイスカウトで「オリンピック」のボランティアで早朝から競技場に通って、そのお礼にいただいた「記念メダル」を職人たちに自慢していた父とのこと。夕食を囲んで、学校で先輩から教えてもらったことを親と職人たちに自慢げに話すおしゃべりなボク。自転車に乗れなくて怖がっているボクを父はスパルタ指導したことや、ピアノを習いたかったボクに「珠算塾に通え」と、強制変更させた父の特権。小学五年の時、麻疹(はしか)で高熱を出したボクを、数日間徹夜で看護していた母。…様々な人たちと、数々の出来事とかかわってきた十八年間を父と母は「大きくなった、まさみは…」との言葉に託したに違いない。
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父はボクが読書をしているといい顔をしなかった。いつまでも本を読んでいると、時には父の鉄拳が飛んできたこともあったほどだ。
「子供のくせになにしてんだ! 若いうちから知恵なんてつけるもんじゃない! そんなことよりも、男だったら外で飛び回ってこい! 身体を使わない人間になるな! 元気にしてないと立派な人間にはなれないぞ!」

父の言葉にはいささか古めかしさを感じるものの、現代の風潮を思うと、一理あるような気がする…

ボクが生きるにあたって、役にも立たない「知恵」をつけて自分を縛り付けたくはない。
「素晴らしい想い出」を多く蓄えていく自分の人生のためにも、飛び回って、歩き回って、様々な人々と出逢いたい。多くの出来事と直接出逢いたい。
この目とこの耳で、実際に見聞きしたい。
この手で人に触れたいし、この声で人と話したい。
出逢いは自由であり、よろこびたい。別れには、悲しみたい。
光は眩しく輝き、街の喧噪の中で仕事をしていたい。夜の闇は静かであってほしい。
平和と安らぎと安全な床の中で身体を休めたい。

自分の日々の行動を、点と線でつなげてみたら「ほんのこれだけ…か」と、嘆きたくはないのだ。
限られた範囲の中で死んでいく人たち…
まるで「ノミのサーカス」が自分になっている…なんて、ボクにはとんでもない。

足があるから、歩ける。でも、足があるのに歩かない人たちは多いようだ。
目があるから、見られる。でも、下ばかりしか見ない人たちも多いようだ。
行けるのに、行かない。ボクは気になったら、翼があるから飛んでいく。人たちの話を聞きたくて、逢いたくて…。その想いがボクに翼を与えてくれる。自分の翼を使わなくなっている人たちは、多くなった…。

というボクにしてくれたのは、やっぱりボクの父と母だった。

学生時代。心理学者の特別授業があった。学部とは直接関係なかったが、有名な教授とのことで聴講生が多数参加した。
最後に「質問は?」と聞くから、待ってました、とばかり質問した。
「先生。先ほどから、こころ、という言葉を多用していますが、ところで人の心とは一体何処にあるんですか? 是非、指し示してください」と聞いてみた。
すると、この有名な教授は自分の左上の背広を右手で叩いて、
「ここですよ、ここ!」…だと。
「では、先生の身体をスライスしたら、こころ、がそこから出てくるんですね」
「もちろん!」

だめだ、こりゃあ…と、思ったのはボクひとりではなかった。聴講していたボクの友だちも呆れ声を上げて、教室から出た。いくら学科単位と無縁とはいえ、よくまあこんな人を学校では呼んできたものだと、呆れた。
早速、研究室に戻って小説家でもある担任の先生にこのことを伝えて、ばかばかしくて、と不満をぶちまけたら、「若いなあ、お前たちは。そう言うときは、恐れ入りました、って顔して戻ってこい。そういう先生もいるってことさ」…なるほど。
まあ、担任の先生がそうおっしゃるなら、といったんは引き下がったが、ボク達の不平と不満は我慢出来ない。
コーヒーがここにあるから、こぼさないように気をつける。タバコがここにあるから、ライターを探して火をつけて吸える。
在るから認識できる。在りもしないものを、在る、と言い切る嘘つき野郎。
無いのに、在る、と言い切る嘘つき。…あ~~~、やだ! 口から出任せ野郎の大嘘つき! その場限りの無責任野郎! と、我慢出ず学校の仲間たちと近くの喫茶店でおおいにぼやきまくったものだった…。
「俺たちの文学創作って、背広の左、かよぉ~~、え~~。ざけんなよ、まったく」

「こころの成長は…」と、この学者は熱弁していた。
だったら、「ここに、こころ、がある」と、その所在地を明確にしてもらえなければ、どの程度の成長をしているのか測定不可能ではないか。
コーヒーがここにある、と指し示せるように。こういう人たちは、どうせ活字の中の知識か、それとも人から聞いた話を味付けしたに過ぎない。
自分の身体で感じたことでもない、ただの「知恵その1」だ。

文学の元手になっているのは、他ならない自分自身の体験の累積である。それを、文字という「言葉」に託す。そこに、作者の、こころ、が現れる。背広の左側、ではない。
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「背くらべ」をまねて、柱に自分の成長を刻んた子供時代。はっきりと、自分の成長を測定出来た。
それと同じことだ。
こころ、が何処にあるのか、知っていれば、自分の成長をいつでも観測測定出来る。
自分の健全さも、確保し続けられるというものだ…
身体の死と、こころの死はまったく違う。


ひとみちゃんとタカシ君に子が授かったのでよ… 
ボクはうれしくてうれしくて、ひとみちゃんにチューしちゃった。そしたら、隣にいたタカシ君が目を真っ赤に潤ませて、笑っていた。

そういえば、ひとみちゃん家には、柱があったかなぁ…

作詞:海野厚 作曲:中山晋平
  「背くらべ」
  柱のきずは をととしの、
  五月五日の脊(せい)くらべ。
  粽(ちまき)たべたべ兄さんが、
  計(はか)つてくれた脊(せい)のたけ。
  きのふ くらべりや 何(なん)のこと
  やつと 羽織(はおり)の紐(ひも)のたけ。

  柱に凭(もた)れりや すぐ見える
  遠いお山も脊(せい)くらべ。
  雲の上まで顔だして、
  てんでに脊(せい)伸してゐても、
  雪の帽子(ぼうし)を ぬいでさへ、
  一はやつぱり富士の山。
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…まさみ…
by masami-ny55 | 2006-04-21 05:30 | 日記

初春「郡山のサクラたち」

福島県の郡山ならまだ桜が咲いているかもしれない…
昨年の今頃だった、競技場近くの土手に、桜の大木が続いていたことを思い出した。
あのときは見事に満開だった。

e0013640_4304037.jpgカズマサに電話した。
「今日の朝は雪でしたよ。サクラ? まだですよ」
でも、行きたくなった。調整したばかりのクルマの調子も調べたいし。
スカイラインは、今回はお休みです。

5時過ぎに現場に到着。カズマサ君が高速道路の出口で待っていてくれた。
「泊まっていってくださいよ」
有り難いが、そうも行かない。ただ、初春の福島県を見たかっただけなのだから…。

カズマサ君の会社におじゃました。その後、カズマサ君の自宅へ。
なんと、ご両親がお出迎えしてくれたのです。
突然、風のようになんの前触れもなく、ふらりと来たボクなのに。恐縮です。
昨年はここに宿泊させていただき、お世話になったことを思い出します。広々した畳の部屋がボクは気に入ったものでした。

近くの和食店に案内された。ご馳走になった…食べきれません、こんなにたくさんのお料理。
なにしにきたのか、ボクは…。
カズマサ君の父君が笑顔で郡山の歴史などの話をたくさんしてくれます。

すると、カズマサ君の姉妹も登場です。「来ちゃいましたよぉ~~」
結局、カズマサ御一家全員集合ってことになっちゃたのであります。
なんだか、大変なことになりましたねぇ…

そこに、電話です。
カズマサ君が「ホントにぃ?」とビックリしてます。なんだろう…

e0013640_4354584.jpgしばらくすると、なんとなんとハシモト御一家も全員集合ではありませんか! アラ?なぜか、タムラ君もいるではありませんか。

東京から戻ったカズ君が「会いたくなっちゃって、来ましたよ」だと。
カヨッペもナカコも、そしてご両親も。

お正月の挨拶って感じですぞ。結局、10時頃までワイワイ、がやがや。
デザートまで…
カズマサ君のお母さんが、「この前、ボランティアで行ってみたら、とっても勉強になりました。また5月には行こうと思ってます」と、有り難いお言葉です。
ハシモト家のお母さんこと、キョウコさんまで、
「体調が整ったら、4月にもう一回あの講義を聴いてみたいのよ」
なんだか恥ずかしくて、汗が出てしまいます。うれしいお言葉。


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「昨日のブログ、読んでたら、涙が出てきましたよ。まったくその通りですね…」
まあ、感動的なお言葉です。

すっかり、ご馳走になり帰ろうとしたら、カズマサ君のお母様が、
「ハイ、これ」って、お土産まで…。

郡山のサクラはもう少し待ちましょう… でしたが、サクラ見物以上にあたたかい春を満喫させていただきました。
そろそろ、学生達は新学期でしょう。ボクも、もうすぐ新学期を迎えます。

…まさみ…
by masami-ny55 | 2006-04-07 04:41 | 日記

「しあわせ」の小舟

まだ四月に入ったばかりなのに、板橋駅付近の桜通りも共同印刷の桜並木もすでに散り始め、薄緑の小さな葉が出ている。季節が早く動いているのかと思うほど、時の流れの速さを感じる。

熊谷に行ったり京都に、そしてこの都会の中でもボクは人に会うことを続けている。
こんなことをはじめてからもう十数年が経った。
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人と会う…
人は自分の言葉で話す。それを聞き分けるのがおもしろい。
人の話と、その人の声からそのひとの人生が浮かんで見えるからだ。
そして、人は様々なスタイルもしている。セレブを気取ったオナゴもいるし、背骨に物差しでも入っているか、お礼ひとつの動作も出来ないお偉い人。クルマや腕時計、鞄などに投資している男たち。
子供の学歴を心配したり自慢する親たち…

個人的な言葉の表現は別にしても、ボクはふっと思うことがある。

どんなふるまい方をしている人でも、ほんとうは「もっと幸せに生きたい」と願っているのではなかろうか、と。

しあわせ

そう、しあわせ、である。
結構、この言葉はくせ者だ。

e0013640_1373035.jpg幸せになるためには、愛する人と結婚して、子供をもうけて、仕事を続けて、庭のあるマイホームを持つ…。60歳を超えたあたりから、自分の時間が欲しくなり、海外旅行など自分のしたいことをしようと計画する。それまでは、まずは収入源の確保に。仕事がちゃんとしないと、安心できない、といいだす。
まあ、こんなところが一般的な「しあわせ観」だろう。小さな幸せにしがみついて生きていく人たちのことである。経済的に余力が出来たら、困っている人に自分たちが危うくならない程度の施しをして、貧しい人たちに貢献した優越感を得る。
とにもかくにも、まずは自分の「しあわせ」の確保は怠らない。

しあわせ、は作るものだという考えである。

そうやって作り出したしあわせという「舟」に乗って、時間という河に浮かせて、流れていく…
舟が壊れないように気をつけながら時間という河に流され、やがて時が来て「舟」は大海に沈んでいく…。それが人の一生だと勘違いしているのだ。

壊れない丈夫な舟だと満足してから、その小舟の中に「愛」だの「夢」、「仲間」などの荷を積み込む。舟が壊れない程度に、荷を加減する。…要するに、「生活の舟」しか見えない人だっているのだ。この生き方以外の選択を知らない人もいた。もしかしたら、この人達の方が圧倒的に多数なのかもしれない。
自分の小舟を守ることでエネルギーを使い果たして、生涯を終わる。どうあがいても、大海に飲み込まれてしまうのに。
「嘘」と「見栄」などは、すべてこういう人たちが得意としている会話だ。荷を加減しているから。
「得損」も「勝ち負け」も同じだ。そして「支配欲」と「獲得欲」の狭間で自己の正当化をとろうとする。
そして、「愛」が人間の最高峰の言葉と言い出すのも、こういう人たちである。
一昨年暮れまで、ボクもこういう人たちと会うときには、同様に言語して場に合わせることにしていた。

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だからボクは、時間を浪費してしまったのだ。この浪費には、天罰が下ってもしかたない。天罰が下る直前で、やり直そうと思えた…
もう、そんなことはしないと自分に言い聞かせた。こういう人たちと話す無駄な時間は「疲労感」もしくは「虚無感」しか残っていなかった。もし、ボクは「神の御手」の創造物だとしたら、あのままのボクは神様の前に立てない。ボクの神様は「妥協の会話」を続けるボクを決してお許しにはならないだろうから…。

真言は誰でも言える。
うれしいときは、うれしいって。アッタマに来たときは、アッタマに来た! と言っていいのだ。人は感情を持っているのだから。その練習を自分にさせていくと、やがて「真言」と出会える。
心の声が聞こえてくる…。やがて、その声を言葉に託して自分の声で話すことが出来るようになる。

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人は、生まれながらに「しあわせ」だと言うことを知らない人たちが多いのかもしれない。

ボクとボクの仲間達の、美しい日々に乾杯!


…まさみ…
by masami-ny55 | 2006-04-06 01:36 | 日記

美しい四月に

渋谷でフジエと会う。

コンピューターでグラフィックのデザインをしている。横浜で寿司屋をしているトクさんの従姉妹だ。
彼女はNYに、確か七年間一人で暮らしていた。高校はNYで卒業している。あんまり出来のいい卒業生という感じは受けないが、人を小馬鹿にするありふれた留学くずれ君たちとは違っていた。
素直でやさしく、気の利くオナゴなのである。

出逢ったのはまだ二年ほど前。トクさんがボクに紹介したのが知り合うきっかけだった。
チビ君のフジエは目下就職活動中だという。転職しようとした会社から突然、キャンセルとなり、仕事先がなくなってしまったのだ。
ちと、焦ってはいた。

土建業のシマザキが彼女の就職活動に一役買おうと、彼女と渋谷で会う、というのだ。
ああ、それなら、とボクも同行することになった。

フジエは作品をシマザキに手渡し、土建屋さんに顔出ししているデザイン会社に紹介してみるとの話で終わった。
で、今度はボクの出番。
フジエに四月の授業のことを伝えた。参加しないか、と。手を貸して欲しい、と。
しばらく考えていたが「いいよ」
そう言ってくれた。「そんな立派な人と一緒にアタシが参加してもいいの? 」

就職活動の真っ直中にボクの頼みを聞き入れてくれる。
フジエには、大きな借りが出来た…。


e0013640_4435375.jpg渋谷から帰って、アパートのポストの中をのぞいてみたら、ピアニストのカヨちゃんから封筒が届いていた。その中にあったのは、ボクがカヨちゃんに貸した映画「…消しゴム」のDVDだった。
「チェ ジュウより、私はこの女優ソン イェジンが好きになりました」
カヨちゃんはそう書いてきた。やっぱり。ボクもそう感じた。

そして、
「四月、またピアノを弾きますね」
カヨちゃんのメールだった。


カヨちゃんにはボクは返しきれないほどの、借りをつくっている。
そして、それを許してくれるカヨちゃん。

いやいや、カヨちゃんだけではない。
シマザキにも、そして今日来てくれた歯科衛生士のタジマさん、そしてモウリのミサキとその亭主。福島県のカズマサに、カヨッペやネモコたちとそのご両親。
いまでは、家族ぐるみのつきあいだ。
もしかしたらあの天敵野郎のビトウも、ボクは借りをつくっているのかもしれない…
ウスノロのシミケンにも… 気の利かないカッパにも… 広島のトモジュウにも… そして、千葉県の小役人ガンキチ一家にも… 久々に帰ってきた鈍感秀才の秀さんに、ババちゃん一家にも… 
ボクは彼等ご家族に感謝しなければならない… 
ボクの大切なときは、必ず彼等はボクの側にいてくれる。
困ったときは、黙って手をさしのべてくれた人たち…。

ボクの「夢」に参加してくれる多くの友だちに、ボクはとても大きな借りをつくっている。
そんな仲間たちがみんなで四月を美しいものにしたくて、頑張ってくれる姿がこの上なくボクにはうれしくて…。

さあ、今日は大リーグの開幕だ! 待ちこがれた時が来る!
松井選手が夢を追いかける… ボクもまた自分の夢を追いかける…

多くの人たちと出逢う旅をボクはこれからも続けていく。
「言葉と声」を探求しようではないか!
みんな、しっかりついて来い! 遅れるなよ、ビトウ!

…まさみ…
by masami-ny55 | 2006-04-04 04:45 | 日記

京都の桜は間もなく満開

京都からここに戻ったのは深夜11時頃でした…。

十年ぶりでアッちゃんに会うために京都に行ってきました。
マキちゃんが実家の名古屋にいたので、この日、東京からボクの乗った新幹線に名古屋からマキちゃんも元気な笑顔で乗り込んできました。

最近、京都に行くのは歯の治療ばかりでしたが、旧友と会う目的だけで京都に行くのは何年ぶりでしょうか…。


e0013640_13381437.jpg京都八条口の改札を通り抜けると、待っているはずのフトン屋君が居ない!
「あいつぅ~~」
マキちゃんが早速携帯電話で確認。「場所、間違えてます…いま、来るそうです」
どうしてあのフトン屋君は、こういうときに間違えるのぉ~。調子狂うのよ、ね。

ま、とにかく無事にフトン屋君のクルマに乗ってアッちゃんが待っている京都のレストランへ。

丁度お昼時。レストランはお客でいっぱい。
いましたいました、アッちゃんです!
「全然変わってないねぇ」
「まさみさんだって、ちっとも変わってないですねぇ」

京都らしい「和風レストラン」です。その奥のテーブルに座ってボクたちを待っていたのは、アッちゃんだけではありません。シホウ叔母様はまるでPTAみたいな顔して座っているし、その横にはなんとまあ、日本料理店を経営しているトキオカ夫妻まで来て居るではありませんか。
トキオカ君はまだ若いけど、今年琵琶湖近くにマイホームを建てて京都のお店までクルマで通っています。いつもマナミさんと一緒です。今日も一緒…。
「なんでお前たちまで来たのよ?」
「まさみさんに会いたいから…」
「ホントかぁ」

7人も集合! ちょっとした宴会ですぞ。
これだけ集まれば、いつものように昔話に花が咲き、そしてアッちゃんは最近の生活ぶりを聞かせてくれました。上品な生粋な京女アッちゃんは相変わらず、ご健在でございますぞ。

さてさて。ひととおりお昼の食事がすんだら、茶場に行きたくなるのがボクの習慣。
「よし! 久しぶりにアッちゃんチでコーヒーでも戴くかぁ~」
「えーー! 片付いてませんよぉ」


e0013640_1336355.jpgそんな言い訳は無駄というもの。アッちゃんとシホウ叔母様、マキちゃんの三人は先発してアッちゃん邸の片付け組。残りは、途中でお茶菓子を買い込むことにしました。
フトン屋君が張り切ってます。彼の行きつけのケーキ屋さんに寄ってみましたが、東京では見かけない小さいお店。七人ぶんのケーキを買うと、今度はコーヒーまで買い込みます。フトン屋君、こんなに気が利いていたんでしょうか? 彼の新たな一面を見たボクでした。

久しぶりにおじゃましたアッちゃん邸は変わっていませんでした。上品なインテリアは昔のままでした。新居を建てたトキオカ夫婦が早速見学ツアー。「いいスねぇ、広々してて」
かつてボクもここで何泊かさせてもらいました。

肝心の話です。
アッちゃんがこなくなった理由をはじめて聞きました。涙を溜めて、その理由を話してくれました。
溜まっていたモヤモヤを聞かしてくれました。
そのそばで、PTAのシホウ叔母様と泣き虫のマキちゃんがもらい泣きしてます…。

でも、アッちゃんはいつまでいつまでも、あの授業で得た自分の体験を大切にしていることがボクにはよく分かりました。あの頃の仲間たちのことを忘れてはいませんでした。

なので、ボクは「言葉と声」について話してみました。食い入るように聞いてくれるアッちゃん…
ボクもあの頃の自分の授業の欠陥を指摘しました。「妥協と区別」の違いも話しました。

そのあと、です!
「まだ怖さがあるけど…」
そう言いながら、アッちゃんは新しくなった五月の授業に申し込んでくれたのですよ!
「だって、まさみさんがわざわざ京都まで来てくれているのにこのままお帰りでは、悪いし…ねぇ」
そう言いながら…
ねっ! アッちゃんでどんな人か、わかるでしょ。

あんまりにもうれしくなっちゃったボクは、
「ヨシ! アッちゃん、亭主君に電話しようぜ」
「彼、まさみさんのこと、大好きなんですよ…」
「ホントかぁ…」

アッちゃんの携帯電話で亭主君の声が聞こえてきます。
ご亭主が居ない留守にこんなに大勢でおじゃましてますから、まずはお詫びとお礼。
亭主君の声が弾んでいます。アッちゃんの参加を伝えたら、大喜びです。
仕事から戻ったら、ふたりでよく相談して欲しいと伝えて、東京に帰ってきました。


京都の桜はまだ蕾でした。間もなく、でしょう、満開になるのは…。

…まさみ…
by masami-ny55 | 2006-04-03 13:40 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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