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マル秘の「茶場」は…

いま、何を聞きながらこの原稿を書いているでしょうか…?

生誕250年を記念してモーツアルトのピアノ曲… 全く違いますねぇ。確かにみんなが知ってるように、ボクはモーツアルトの大ファンだけど、今晩は違うのだ!
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では、ジャズ? エバンスのピアノとかぁ…違うんだなあ、これが。確かにボクは、クラシックと出逢った大学時代まではジャズばかり聴いていたねぇ…金管楽器を吹いていたし。渋谷はあの頃、新宿とはひと味違った「ジャズ喫茶」のメッカだった…古い古い話だけど。「デュエット」っていうジャズ喫茶があって、高校帰りには、いつもここでデッカイスピーカーでジャズを聴くのがボクの若き学生時代の日課だった…新宿では「木馬」ってお店があったけど、あそこにはあまり顔は出さなかったなあ…大学の時、テレビ局でバイトして得たお金は、ほとんどLPレコードにしちゃったし…銀座の「ハンター」で大量に買い込む…学生時代の二年に成り立ての春、まだ残雪のある「八ヶ岳」で右足を怪我してから、歩くことを自重するようになった…で、学校の音楽科の友だちからクラシックの譜面を見せてもらったら、金管楽器の書き方とは全然違っていた。その場で教室に飛び込んで、友だちの弦楽器の「ナマ音」を聴かしてもらって、モーツアルトと出逢って…

現在3000タイトル以上あるCDは、クラシックの次に多いのはジャズだけど… まあ、こんなことはみんな知ってるね、どうでもいいか…

さてさて。今晩は…いったい、なにをBGMにしてこの原稿を書いてるんでしょうか?
正解は、
ポップスを聴いてまあ~~す、です!!

それも、コニー フランシス。
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知ってる?皆様… 知らない…おやおや、悲しいねぇ。じゃあ、弘田三枝子って歌手がいたけど、知ってます? 彼女は、和製コニー フランシスって言われたほど、スゴくいい歌い方をしてましたよ…最近はまったく音沙汰ないけど、どうしちゃったんだろう…。
こういう歌い方をしてくれるボーカリストがいなくなっちゃった現在、もの凄く「音楽」を感じるのよ、ボク…。バックの演奏も「ナマ」ですよ。MIDI音とかの電子音なんかじゃなくて…もちろん、人の手で演奏してます、ハイ。
「大人になりたい」が流れてきた…歯切れのいいギターのバックがまたいいのよね。この曲は…。
おやおや、今度はもの凄く懐かしい…「かわいいベイビー」ですよ。
コニー フランシスの代表曲は「ボーイハント」「バケーション」かな…これなら、彼女の名前を知らなくても一度くらいは聞いたことがあるはず、だよね。

昨年、NYからもどった友だちが「ほら、お土産」って、くれたのですよ、このCD。
「なんだよ、これは!」って、聴かないままにして棚のしまい込んでいたのですよ、さっきまで。
周りのセロファン紙を破いて、ケースを出すのが面倒で…ハサミが見つからないから、ボールペンの先っぽで…なんとなく、気になって…聴いちゃった…一年間、棚のに上がったままだった…

全然関係ないけど、ガーシュインもいいよねぇ…。
今度の「You've got mail #4」では、こんなポップスとか使ってみようかなあ…
でも、誰が歌うんだぁ?? オカダじゃ無理無理…

ものを書くとき、ボクは記者の原稿でも喫茶店で書いていたね…NYでも。なにかBGMがあった方がはかどるのです、ボクは…
なので、「茶場」にはどうしても詳しくなっちゃった。
現在のNYで書く場所はひとつだけある…んだ、よ。さあ、どこでしょう??

ヒント…? Bleecker st.とMacdougal st,の交差点に「カフェ フィガロ」があるでしょ…あれを六番の方ではなくて、ブロードウェイに向かって歩く。有名な「ピザ屋John's」がある。その向かいの道を入ると、マンハッタンで「最もダサイ茶場」が見つかるはず。これ以上、静かな「茶場」ここ以外ないぞ、よ。大都会マンハッタンは、いつもいつも変貌しているけど、なぜかこの茶場は変わりなく、そのまま、ここにある…のだよ。ずっと、前から、ね。

映画のロケーションにも使われている「茶場」なのです、ぞ。その名は…「?」…クラシックの音楽家です…が、ヒント、だよ。
行ってみたら? どうせ、観光マップには載ってないし…さ。深夜もやってるはず…冬は暖炉が燃えてるよ…


本日、モロオカさんがひっこり事務所に来て、「子供向きのBGM、ないかなぁ」なんて言うから、こんなことになっちゃった…の、かなぁ。

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Amsterdam 83thをB.W側に曲がれば…
カフェ「ラロ」のマッチだよぉ~

…まさみ…
by masami-ny55 | 2006-01-31 12:26 | 日記

「悟空」は何処に?

e0013640_255983.jpgだから、以前このブログでも言ったでしょ… ビジネスの世界に、「ともに勝つ!」なんてことは何処にもないのです、と。
経済は、なぜ発展するか? 利息、という化け物がいるからなのですぞ。
この話をしていると、ちと、長くなるのでやめておきますが、極端な言い方をすれば、利息の設定とその返済のことを経済活動というのですよ。

ドラえもん君…だったっけ? ああいう人たちにとって株式市場とは、瞬間の株ころがしの「差」で利益を得ようとしていた場にすぎません。本業を忘れて、実態は株屋だったと言うことなのでしょう。正当な経済活動をしていた企業ではなさそうです、残念だけど…

今日、事務所にまた、飛び込みセースルが来ました。汗をふきながら、
「すみません、お仕事中。電話料金が安くなるシステムのご案内なんですが…」

「あのうぉ、○×生命ですが、社員様の年金用プランのご提案で参りましたけど…」

「光回線にしてますか? 早いし、安いし。いかがでしょうか?」

こういう人たちによって、企業は支えられているのです。1件ナンボ、で仕事をしてくれている人がいて、IT企業も支えられているのです。実態です、これが。
ドラえもん君の今回の失敗には、銀行関係では「損失」がなかったようだし、関係筋でも「損金」がなかったようですが、それにしてもルール違反してまでも、自社の利益を得ようとしたり、自社がいま黒字なのか赤字なのかを「知りません」なんて言う人を社長サンにしてはいけませんねぇ。
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つまりだ、経済活動とマネーゲームは根本的に違うってこと。
愚にもつかないマネーゲームを官民揃って続けていたから、ああいうことになっちゃったんでしょうに!
本格的な経済活動をしましょうよ。

「セブレ」だか「サブレ」だか…なんだか知らないけど、働かないでお金を得ることがあたかも「かっこいい」ような風潮になってはいないかなあ。「稼ごう」という会話がはびこりそうです。
危険だなあ…

日本経済の底力は、加工技術です。
かつて、日本が経済大国になったのは、6000万トンの原材料を各国から輸入して、600万トンの製品に加工(もの造り)して輸出していたことです。
日本に対する世界的評価は「技術力ニッポン」なのです。力強くて、飛び回って、タフで、忍耐強い。まるであの孫悟空のようでした。生み出す製品は、諸外国からは「悟空の秘術」でも見ているかのようだったに違いありません。この力を放棄したら、ニッポン経済の明日はない、な、って思います… 韓国の経済事情は、全体で赤字とのニュースでした。しかし、「技術力」は確実に向上していますね。
「セブレ」だか「サブレ」だか…言葉はカタカナだけど、要するに「成金主義」でしょ。お品がよろしくありません。第一、マネーゲームの勝つポイントは資金力です。考えてみなくても、わかりますよねぇ。アメリカ資本とニッポンの資金力、どっちが「強い」か? マネーゲームでは、ニッポンのプレーヤーが勝てる訳ないんですの、よ。合法的に見ても…ね。

ちょっと昔に、「京セラ伝説」があったし、「パイオニアのLD伝説」「トヨタ自動車のカンバン方式」や、石川島播磨の「どぶ板造船伝説」、ソニーの「ベータ開発」などなど、書き込んでいたらきりがないほど、我が国経済界には、男たちの技術向上の美しい歴史がありました。
もの造りに熱中していた時代です。それが近頃、聞こえてきませんぞ。

e0013640_2565586.jpgちと、淋しいなッ。

経済のしくみは、人間の体とよく似ています。従って、上半身だけ筋肉モリモリではバランスが悪いでしょ。経済界も同じです。特定の産業だけが黒字だ、という現象はバランスが悪いのです。こけちゃう、のですよ。


人は生きている。生きていると言うことは、きれいな血液が体内を循環しているからです、ね。
経済もおんなじです。お金は血液、なのです。会社という「法人」を健全に保つのが、お金、であって、お金の流れを止めてしまうと「法人」は死んでしまいます。
そして、そのお金はきれいでないと健全な成長はありません。体の大きさに適した血液の量でまずはいいのです。
血液だけを増やそうと鍛えている健康な人って、見たことあります? ないでしょ、ヘンでしょ。病人なら別だけど。
マネーゲームがヘンなのは、「お金」という「血液」のみ、増やそうというゲームだから。

なんだか、恥ずかしくなって来ちゃった。こんなニッポンがボクが故国とは…。

ボクの人生から音楽を削除して、さらに映像まで削除されたら、なんにも残らない…ゼロ人間。ただの、人というロボットになっちゃう。
ドラえもん君のような人たちの人生では、お金を削除したら、一体なにが残るんだろう?

彼らにとっての「しあわせ」は、お金の量で決まるんでしょう…。
なんだか、「不安定なしあわせ」って気がするけど。

悟空のヤツ、何処に消えちゃったんだろう、なんて嘆かないでくださいませ。悟空の力は、君の中に生きています…よ。
ホント、だよ。


e0013640_259286.jpg付録:ごめんごめん! 読者様から叱られました。
このブログを応援してくれるみんな、お詫びします。
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ランキングはご自由にお楽しみ下さいませ…。




…まさみ…
by masami-ny55 | 2006-01-27 03:07 | 日記

「実存的しあわせ論」

しばらく東京から離れて、富士山麓で「講習」に行ってました。
昨日、帰ってきたところ…

まだ、ボーッとしてます。

いつもの朝です。コーヒーが落ちるまでの時間に洗顔して…
Yankeesのマグにコーヒーを注ぎ、PCをオン。各新聞社のサイトで記事を読んでから、スポーツ紙に目を通して、そして…!!!!

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なんとなんと、ボーッとしていたボケ頭が突然、お目覚めですぞ!

「KIYOねえのニューヨーク生活」の筆者、「KIYOねえ」ご本人からコメントが届いておるではありませんか!!
さらにさらに、たまげたのは「シューマイ君」がチャッカリと「KIYOねえ」の記事欄にコメントまで書き込んでおられたのです! 
アッラア~~~☆×■◎♪◇∞!このぉ~~、けっこうお手がお早いですぞ、ハイ。
感激です!!
うれしいやら、テレ臭いやら、… こんなことって、現実に起きちゃうんですねぇ…。

年に一度しか行かないNYが、とてつもなく近くなった…って感じです。

全然関係ないけど、もういくつ寝ると「開幕」なんだぁ~ッけ?
今年こそ、Yankeesはワールドチャンピオンになるのだぁ!!

…と、なんだなんだ?? ピンポンピンポンピンポンと、ドアの前に誰かいるみたい…
まだ10時前だッちゅうのに。誰でしょう?
「お届け物で~~す」

オオノ君から「日本茶」が届いたのでした。
オオノ君は、このアパートにいたんだけど、つい先日、引っ越しちゃった。
なんにも言わないで引っ越しちゃったから、ボクは嫌われちゃったのかなぁ~~、って勝手に思っていたのですよ。そしたら、これ!でしょ。
感激だよ、この演出は!! まあ、留守がちのボクだから、ね。
さっそく、オオノ君にお礼の返事を書かなくちゃ、ね!

昨日まで、「しあわせ論」を言語学の立場で講義してたけど、こういう朝はボクにとって、まさしく「実存的しあわせ」の朝で~~す。
生きてるぅ~、実感!

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…まさみ…
by masami-ny55 | 2006-01-23 11:25 | 日記

ボクのおすすめ「NYのブログ」

さてさて、ボクの朝。
板橋のアパートで目覚めると、コーヒーメーカーでコーヒーが出来る間に、洗顔。洗顔をすませて、マグにコーヒーを慎重に注ぎ、いそいそとPCをオン。立ち上がる合間に、コーヒーを一口すする。ますば、各新聞社と各スポーツ紙のサイトを読む。メールを開けて、広告メールを読まずにそのまま削除。
で、その後なんだけど、ボクのお楽しみがある…

「ブログ」です!
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自分の記事の反応が気がかり? んーーー、ちと、違うなッ。
新聞だと、コラムでも読む感覚が、ボクは朝欲しいのですよ。そこで、いつも楽しみにしているのが、ここのブログですよ。
可笑しくて、コーヒーを吹き出しちゃったことさえあるんだ、ここ。

内容は、NYの取材記事なんだね、これが。実に生き生きした文章なのですぞ。
ときどき、生々しい「事故話」もなくはないけれど、ボクのお気に入りなのだ。
懐かしい…NYの香りがしてきます。
ただ、書き手が女性なので、ベースボール「我がYankees」の話題はない。まあ、それはそれで、他のサイトで間に合っているからいいけど、もし、このサイトに「Yankees」の取材原稿が載るような事になったら、大応援しちゃうけど、ね。

みんなも、見たら? NYに行った連中にしてみれば、ついつい「コメント」したくなるぞ。
で、ね。このブログが楽しい理由は、まだあるの、ですよ。
「コメント」したら、なんとなんと、書き手の女性からの「ご返信」をいただけます!
Communicationを大事にしている筆者なのですよ! がさつ者のボクなんかとは、大違いなのだ、ぞ。

楽しいよ、このサイト。

http://broadcast.jugem.jp
「KIYOねえのニューヨーク生活」

だよぉ~~

出掛ける前、気持ちがさわやかになれますから!

…まさみ…
by masami-ny55 | 2006-01-18 20:48

「物差し」

ものの数量を測定する場合、数値が必要である。
重さに長さ、時と場所などには、明確な数値がある。数値の絶対差によって、相対関係が生まれる。
「~より長いです、短いです」「~広いです、狭いです」「~大きいです、小さいです」と表現言語が可能になってくる訳だ。「物差し」という基準を理解している人たちには、相対の会話を生みだし、そして平等に理解しあえる。

e0013640_53451100.jpgこの「物差し」つまり、「絶対基準」があるから、人は納得出来る。
約束の時刻に遅れたとか、守れたとか…
予算をオーバーしただの、体重が増えたとか…
もっと広い家に住みたいだの、袖が長いだのと、言葉で表現できる。

この「絶対基準」を活用して、私たちが楽しんでいる中のひとつに、スポーツがある。
時間の長さを競う競技もあれば、長さを競う競技もある。重さを競う試合もあれば、点数を競う競技もある。

このほかに、「ルール」を定めた競技がある。例えば、柔道や相撲、剣道などがそれである。
この面積の範囲以内で、「ルール」に定めた技を使って、「早く結果」を出した方を優勢ポイントと数える、というものだ。「早く結果」を出したからと言っても、「ルール」外だったら、「反則」となり、競技によっては失格になる。明確な基準がある。


ベースボールにしても、サッカーにしてもすべての競技には「ルール」が明確であり、絶対存在なのである。ゲームには、ルールが存在する。

しかし、同じスポーツの中には、少々やっかいなものもある。
スケート競技の中にある「フィギュアスケート」がそれだ。
同じスケート競技のスピードスケートは「時間差」で測定できるから判定が可能だ。スケート靴を履いて競技するホッケーは、競技する範囲面積の中で「得点差」と「時間」がルール上明確であるから、「よりよい結果」を出した側を判別できる。
しかし、「フィギュアスケート」となると、話はやっかいになってくる。

他の競技種目に比べて、「物差し」が不明確なのである。
同競技での「技」は、ルールに従って採点が可能である。時間も測定できる。しかし、「表現力」となると、数値では示すことは出来ない。芸術性、というやっかいな領域にどうすれば「物差し」をあてることが出来るのか、どうすれば「フィギュアスケート」を総合評価できるか、関係者は悩みに悩んだ…。
そして、測定可能な「技術力」と「表現力」を区別して評価することにした。一方、「表現力」や「創作性」といった「芸術性」への評価基準は、「数値では測定できない」との結論を提出したのが近代オリンピックである。

従って、ひとりの人間、もしくは機械を使って測定するのではなく、「複数の人たちの目」を使う「測定方法」というスポーツの世界では奇妙な結論にたどり着いた。国の事情や政治背景を十分に考慮した後で、参加者が納得する人選をして、その人たちがそれぞれの視点で「芸術点」をつけてみる、という方法だ。当初、反対意見もあったようだが、このアイディアを上回るアイディアが出ない…。結局、現代に至るまで「複数の人たちの目」が「物差し」になっている。いまでは、反論する人たちの声は滅多に聞こえてこなくなった。このルールが浸透したのだろう…

ただし、それぞれの審査員たちは、自分たちの評価得点をその場で公表しなければならない。得点表示して、競技者はじめそれを観戦している会場の観客にも明確にすることで、責任をとっている。
「あの国の人は何点だ」と、同時進行で会場に表示するから、競技を見ている人たちにも、「納得」がいくし、反論の矛先もまた明確である。


e0013640_5404998.jpg芸術作品の評価…
表現されたもの…

先日、知人に誘われて「高校演劇」を見に行ってきた。「関東高等学校演劇研究大会」という。
なんでも、この大会で最優秀賞を受賞した高校は、今年の8月京都で行う「全国大会」に出場できるという。まあ、全国大会への登竜門とも解釈できる大会らしい。最近の高校生、どんなものか興味が湧いたこともあり、行ってみた。
会場は埼玉県にある「彩の国さいたま劇場」。財団法人埼玉県芸術文化振興財団が運営している会場である。

入り口で、演目が掲載された小冊子をいただいた。
高校生たちが会場のドアや入り口で観客の相手をしている。こうした会場では必ず見かけるはずの花輪の数々もなく、売店すら閉鎖していた。質素だが、高校生の笑顔の応対にさわやかさを感じた。
いつも見ている商業演劇とは会場の雰囲気がまったく違っていた。
無料である。そして、席は全席自由席だった。

お昼の休憩はおもしろい。
新潟県や長野県からもこの大会に出演する母校を応援する高校生らが、ロビーで、2階で、車座になって座ってお弁当を頬張っていた。みんな、笑顔である…
ふだん、この劇場でこのような行為をしたら、確実に注意されるだろう。しかし、今日は誰ひとりとして彼らを叱りとばす人はいなかった。今日だけは、「ルール」の上で「例外」ということなのだろう…

私も駅前で購入した弁当をロビーに座り込んで、高校生たちと同じ格好で食べた。初めての体験だが、楽しくなってきた。彼らの話し声が聞こえてきた…
「あの学校、舞台装置がいいねえ…」
「脚本に矛盾を感じた…」
「あの人の演技、最高だよ…」
率直な感想が聞こえてくる。

さてさて。肝心の各校の演技だが、これがまた、ビックリした。
アッパーライトに、スポット、ストリッパーライトなどなど、照明は使い放題だった。
私は多少、舞台演出をしたことがあるので、彼らの贅沢さをうらやんだほどである。
挙げ句の果て、スモークまで使い放題ではないか…
私は、ついつい「予算」から見てしまったが、それにしてもこの会場のサービスには感心した。

各校とも、舞台装置の工夫はなかなかの仕上がりだった。高校生だから…と、私は当初、割り引いて鑑賞しなければなるまい…と、覚悟していたのだが、とんでもない。素晴らしい出来映え揃いだ。

また演技も、素晴らしい。正直、このうち何人かは、そのまま商業演劇のキャスティングをしてあげたくなるような高校生もいたほどである。
彼らの演目内容だが、時代を反映してか、ギャグの多いものもあれば、古典もあり、創作作品もあった…

しかし、彼らの今回の出場目的は「全国大会」に行けるか、行けないかを決定する大事な舞台なのである。


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そこで私はどんな審査をするのか、大いに気になったので最後までいることにした。そして、私なりの「採点」をして、結果報告を楽しみにしていた…が。

すべての演技が終了した後、休憩を取った。
幕が上がると、審査員5名と進行者が舞台に陣取っていた。
そのうちのひとりが出場した1校を講評している。5分程度だが、同じ話を繰り返す審査員もいたので、長く感じる。なにを言いたいのか、何処が良くて何処が悪かったのかを明確に伝えない。
ほめているのか、おだてているのか…も、理解でない話し方が続いた。こんな話し方で、当事者の高校生たちに伝わるのだろうか、と思った。

そして、長々しい時を経て、ようやく発表だ。
その瞬間だが、私は驚いた、というよりなんだか腹が立ったのである。
進行者が「まず、最優秀校を発表します。その後、優秀校を発表…」
私は「マズイ! そのやり方は」と、心の中で叫んでしまった。

案の定、会場に陣取っていた各校の高校生たちは「最優秀校」を伝えられた後は、「優秀校」の発表を聞いても拍手の音はまばらだった。
それはそうだろう、「最優秀校」の発表が終わってしまえば後の時間は、「選ばれなかった体験」「落とされた体験」が続くのである。見ていて、痛かったのは、私ひとりではあるまい。
優秀校は3校だった。
舞台の上には、大、中、小のトロフィーが並んでいる。
優秀校3校は、ステージに上がりたがらない。優秀校からもれた高校は、まるで「参加賞」でももらいに行くように、小さいトロフィーを手にしても感激の顔色はなかった…

彼ら高校生にとって、「関東大会」出場までの道のりは大変な努力があったと舞台を見れば私とて容易に想像できる。各校とも事情や努力を言ったらきりがないだろう。
が、それは全校一旦棚に上げて、自分たちがたった今演じた芝居がどのような「評価」をされたのか、自分たちの演じた舞台の評価を明確にしたかったはずである。しかし、私の感じたところでは審査員が審査基準を明確にしていないために、各人の審査員の感想だけで決めてしまったように思えた。まさか、こんな選考の仕方を全国の「地区大会」で行っているのだろうか…
観客には、私のような「興味本位」で来た者の他に、きっと学校関係者もいるだろうし、親御さんも見に来ていたはずだ。
大会運営側には、出演した学校の他に、観客に対しても「そうだろうなあ、その結果は…」と審査結果を「納得」させる責任があるのではないか。
要は、「選考基準」となる「物差し」が不明確なのだ。

後味の悪いものを、見せてもらったものだ…

もし私がまだ記者をしていたとしたら、といっても私は経済部の記者だったが…
文化部の記者なら、この点を取材して原稿に起こしていたことだろう。
「高校演劇とは?」と、文化庁の担当者にまず取材する。「選ぶ」以上、基準はなにかを関係者に取材したことだろう。審査員は誰がどんな人選の基準でなされているのか、も取材するだろう。そして、なぜ5人枠の審査員なのか、という数の設定も聞き正したい…

と、思うほどの後味の悪さだった…

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もし、こんなことが全国の地域で起きていたとしたら、私は二度と高校演劇なんぞに足を向けたくない。ばかばかしい…のである。こんな痛い体験を「芸術」の中で感じる、とは。
芝居を見終わった後は、人間的な気持ちで会場を後にしたいからである。
演劇以外のまったく別の背景を感じさせたり、運営を批判したくなるような気持ちにはなりたくない。そう思うのは、私ひとりだろうか…。
演劇の世界に高校生を誘導したのなら、なにを以て「高校演劇」というのか、その「物差し」となる「枠組み」を明確に伝えるべきなのではなかろうか。そして、会場で配ったパンフなどにもそのことを明記しておくというような配慮をするとかは、いかがなものだろうか…。
「この基準で審査しますよ」と。
例えば、彼らの舞台には「日本の高校生らしさ」があっていい、と言うような「基準」が見えなかったのが残念でならなかった…
演技者と審査員と、そして観客が一体になれる「基準」がなくては、こうした「大会」は意味を持たない。

おもしろいコメントをここに記録として書き残しておこう。
5人の審査員ひとりが、或る高校をこう講評していた。
「完成度の高い、非の打ち所がない芝居でした」と、舞台の上で伝えておきながら、果たしてその高校は「優秀校」の3席という評価に追いやった… 評価と結果の落差がありすぎた。「これが大人たちのすることなんだ」と、高校演劇生たちが思ったとしたら、それこそなんのための「大会」なのか。高校生たちには、とてもとても理解できまい。
演劇好きの私には、なぜ審査員がこのようなコメントを青年たちの前で平気でするのか、理解できなかったが…。

アメリカの生活が長かったせいか、私はときどき日本の「ルール」の曖昧さが社会全体にも現れているようにさえ感じられる。
眺める世界が、ぼんやりしなければいいのだが…

今回の「高校生の演劇 関東大会」にもそんなことを思いながら、東京まで帰った…

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…まさみ…
by masami-ny55 | 2006-01-17 05:45 | 日記

もらった「お年玉」って…

e0013640_158034.jpg「まあ、そんなにたくさんお年玉もらって…よかったねぇ」
子供たちは上機嫌です。
この季節ならではの、どこにでも見かける親と子の会話ですね。

ボクは子供時分、いただいたお年玉で、映画館に通っていたものでした。
中学生から渋谷のパンテオンで「洋画」をひとりで見たのも、お年玉のおかげだった…
外国の言葉の物語を見る。この行為が、小学生と中学生の境目だ、と勝手に思ったものでした。大人の仲間入り、した気分でした。
まさみ君の小学4年頃かな?

それも、ひとりで見に行くというところに、自分の大人びた感じがする…

ただし、いままでチャンバラ映画で散々鍛えてきた「物語の展開」とは「洋画」はまったく違っていました。使ったことのない感情に出逢うので、ギクシャク…してました。
とくに、フランス映画は中学のボクには、ものスゴく刺激的だった…です。
あの「ラブシーン」は中学生に成り立てのボクには刺激が強すぎて、ドキドキドキドキだったことを覚えています。「赤穂浪士」や「宮本武蔵」、「水戸黄門」に「清水の次郎長」みたいな物語の展開ではないのです。もちろん「寅さん」ともぜんぜん違っていた…

ちと、話が横道に。
「お年玉」でした。

親たち子供たちに、新年にあげるお年玉。お恥ずかしい話ですが、ボクは大学生になっても親父からお年玉をもらっていました。2年生の正月まででした。3年生になったら、親父ったら、お年玉をくれません。だから、言いました。
「ねぇ、なんでくれないの? 」
「バカ。お前は20歳だろ。もうダメ、もらう資格ないの! そもそも、お前、テレビ局でバイトしてるっていうじゃないか。もう、いいだろう」
「冗談じゃないよ、映画行こうと思ってたのに…」
「そのくらい…自分のお金で行ってこい。間抜け! 」

まさみ、です。「ま」は、抜けてません!
自分で付けた我が子の名前を、お忘れないように…なんて、正月早々憎まれ口をたたきたくなりますよ、ね。「お年玉」を期待してたのに…
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ところで、ボクの名前、「まさみ」は父と母で考えた末、祖父に確認してこの名前を付けたと聞きました。漢字も考えたそうです…

自分の名前をどう思うか。そんな作文を中学生の頃、国語の宿題で書かされました。
「幼稚園の時、同じ名前の女の子がいて、まさみ、って先生が呼ばれた時に一緒に返事をしたら、みんなから笑われたことがあった。ボクも可笑しくて、大笑いしちゃった。で、いま。ボクはこの名前が気に入っています…」というような内容で提出したことを覚えています。


親御さんが我が子に贈るのは、「名前」じゃないかなって、ボクは思う…

e0013640_2020374.jpgこんな子に育って欲しい…と「名前」に親御さんの「希望」を刻みます。或いは、自分たちがしたくても果たせなかった「夢」を、我が子の名前にそれを託しているように思えます。

健全な人になって欲しい…
友だちに愛される人になって欲しい…
元気な、美しい人になって欲しい…
やさしく、明るい人生を過ごして欲しい…
人の輪を広げていく人間になって欲しい… と。

そんな親御さんの「希望」が、子供たちの「名前」に現れる。なので、子供たちは全員、親御さんたちの「希望の星」なのであります! 親御さんにとっては、「光」なのであります!
そう、このボクも、です。

親が我が子に贈る最大のプレゼントは、「名前」です。字の画数がどうの、損だのトクだのと、易者にお金を出してつける親御さんもいるとは聞きますが、それよりも、自分の生んだ我が子の将来を思って、名前を付けてやる。その行為が、やがて我が子に伝わる日が来る…

そして、子供たちはいつしか親の思いを知る…
自分の名に恥じない人生を過ごすために…

親からもらった「名前」を自分の声で言ってみる。
私の名前は…です。
…と。

「キミ、長男? 」
「ええ。なんでわかるんですか?」
「キミの上には、お姉さんがいるの?」
「ええ。知ってるんですか?」
「いや…キミの名前見てたら、そう感じるんだよ」
「…」

名前を見ると、親御さんの気持ちが見えてくるのですよ…
「いい名前だね」
「ハイ、ボク自身も気に入ってます。ありがとうございます」

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…まさみ…
by masami-ny55 | 2006-01-14 03:14 | 日記

親子二代のお好み焼き

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エイジュロウ君、28歳。ババ君、17歳。

先日、ボクの授業に参加し終わったばかりのヤング君たちです。ふたり揃って事務所にヒョッコリ現れたので、「なんか、食べに行こうか」となり、いつものお好み屋さんに。ヤング君たちが授業に参加して、果たしてどんな感想を持ったのか、今後の参考になるので、彼らの率直な意見も聞きたかった。
そもそも、ヤング君たちが来るような授業内容にしていない。せめてエイジュロウ君なみに、20代後半以上の方々に向けた内容にしてあるのですが…

「どう? ちょっと、君たちには難しかったんじゃないの?」
すると、意外にも、
「最高、すよ! 言葉って、もの凄いんだなって思いました」
「言葉って、しゃべることだとばっかり思ってた…気づいてよかったスよ」

              昭和62年、ババ君のご両親の結婚式です!
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ふたりとも、ボクのことを、
「先生、先生」っていうのですよぉ。テレ臭いやら、うれしいやら。
かわいい! です、こいつら!
「もっと、喰えよぉ~。どうだ、ほかに、なんか食べたいもんないのか? 遠慮してんじゃないのぉ~」
「大丈夫ッス」
「そうかぁ~」
なんだかうれしくなってきましたよ。

そんなこんな、話が盛り上がったところで、ババ君の携帯が鳴った。
「先生。親がここに来たいって言ってますが…」
「親父がここに? そっか。まあ、いいじゃないの、呼んであげなよ」
「母親も妹と一緒に来たいと…」あらあら、コトは大袈裟になってきましたよ。
西荻からご両親がわざわざここ白山までいらっしゃるとは…。
そう言えば、お父さんがこの授業に出席したのは今からおよそ十二年前だった… ババ君はまだ5,6歳のお坊ちゃまだった、てことになる。まったく、月日の経つのは早いものですよ、ハイ。


そしたら、今度はエイジュロウ君の携帯が鳴った。
「あのぉ、親父が来たいって言ってますが」
「いいんじゃない、ついでだ」
エイジュロウ君のお父さんがボクの授業に来たのは、九年前だったか…。エイジュロウ君はまだ十代だった訳だ。

なんだか、昔々のPTA総会みたいになってきましたよぉ。

お好み屋さんの扉が開いて、ババ君ご一家、登場です。
「どうも、どうも…」
ニコニコ顔です。
                                ババ君のお母さん。若かったねぇ~
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間もなく、横浜からクルマを飛ばしてきたエイジュロウ君のお父さんもお好み焼きに参加です。
「遅れました! 」
外は寒いのに、なぜかエイジュロウ君のお父さんは汗かいてる。
ボクの見た率直な感想を言います。
親御さん方がうれしそうです。あきらかに、親御さんの方が興奮している…。

「お父さんもお母さんも、ボクと同じ授業をやったんだなあって思うと、なんだかボク、胸が熱くなりますよ」
「ボクは授業中、昨年他界した母のことをずっと思ってました…」
「先生! 一緒に参加したマイチャン、覚えてますよねぇ?」
「当たり前でしょ! ボケ老人でもあるまいし。で、なに? 」
「二日目の朝、みんなの前で発表したご両親への彼女の思い…、ボク、聞いてて男泣きでしたよ。忘れられないッスよぉ」

と、なんだかんだと息子たちの感想を聞いていたエイジュロウ君のお父さんとババ君のお父さんたちが、泣いてます… お父さんたちのその涙の温度は、お好み焼きより熱かったかも…
親子共々、共通の話題が出来てよかったみたいですよ。


そう言えば、今回福島県から来た50代の女性がいましたよ。
彼女は、息子さんにこの授業のことを伝えられて、来た人だった…
息子さんが参加したのは、ボクも覚えてる。スゴイ息子、だった。まあ、日本全国どこでも見かける典型的なツッパリ君です。本人も「途中で、やめっちゃおうかってぇ思いましたけどぉ、ここでやめっちゃったらいままでとおんなじなもんで、いかん、って思ったんスよ。最後まで頑張ってみんなと一緒に出来て、よかったス!」

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このツッパリ君が、故郷の母に自分の体験を伝えたらしい。で、その変化にビックリしてお母さんもババ君たちと一緒になって今回参加しました。このお母さんがまた元気で楽しい人でした、ハイ。

で、今頃きっと雪の中の福島県のどこかの街の、どこかの家族で、自分の参加した感想を言い合っていることでしょう… 笑ったり、真剣になったりしながら母が子供の話を聞き、母の話を子供たちが聞いていることでしょう…。
それでいい、ってボクは思います。
ほんの少し、なんだけど…ボクの仕事は社会のお役に立っているのかもしれないって思います。
この仕事のよろこびは、記者生活では味わうことのなかった感じです。



結局、エイジュロウ君のお父さんとババ君のお父さんがお好み屋さんの経費を持ってくれました。そっか、ここはご馳走になってもいいでしょう!

「まさみさん、親子二代に渡ってご指導いただき、感謝しております。これからも…」

親子二代!

「え~、そんな言い方、やめてぇ~。なんだか、ボク、すっごく年とったみたいじゃん!」

と、言いながら…ボクは彼らの笑い声の中に、自分が歩いてきたいままでの時間とその姿を、ケビン・クラインの「卒業の朝」という映画のラストシーンと重ねていました。

ボクにも言わせてくださいよ。あらためて、皆様!
「ありがとう! 今年もよろしく、ね…」

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…まさみ…
by masami-ny55 | 2006-01-11 14:19 | 日記

日光の「おみくじ」

この正月は例年どおり「日光」へ初詣に。

今年は高速道路を使わずに、新4号から宇都宮付近まで走り、そこから日光方面の有料道路を使ってみました。
んッ? 車窓から見る風景は例年と違っているぞ…
雪景色が遠くに下がっています。日光付近の有料道路にはいると、いつもだったらこの時期はすでに周りが雪景色になっていたのに。
今年は雪が少ない。
あたたかい、という訳ではなく寒さは都内と比べようがないが、それにしても雪が少ない。

日光出口で降りる…
なんとまあ、道路が空いています。神橋まで、あっさりと走れました。これも雪がないためか。
駐車場付近までは、少々混み合ってはいたけれど、観光地日光にしてはいつもの流れよりずっとスムース。
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さあ、ここから徒歩。
輪王寺の裏手を通り抜け、東照宮の山門前に出る。山門の左右にはいつもの屋台が並んでいますよ…お正月気分はアップアップ。人の数は例年より少なめに感じましたが、鮎の塩焼きには観光客は珍しいのか、列を作っていました…

さて、と。
いよいよ、です。
恒例になっている「おみくじ」をひくのです。これをしたくて、はるばるここに来ているのだから。
ボクは例年そうなのですが、ここでの「おみくじ」は、ろくな札にあたらない。だから、「今年こそは!」と、意気込んでしまう。
たしか、一昨年は四回ひいても「大凶」だったから、五回ひいた。それでも「凶」。去年は「凶」なので、一回で止めにしました。
みんなは「大吉」だの「中吉」とか、縁起のよい札にあたっているのに、ボクだけは、いつも…

ボクの場合、「おみくじ」は、浅草寺に限る。
浅草寺では、悪くても「小吉」。例年、「吉札」をひけるのです。去年ひいたら「大吉」だったから、この札は今でもカード入れに入れてあります。
この十日に浅草寺に行って、古い札を納めて、今年ひく「おみくじ」にする予定です。
なぜか、浅草寺につきあってくれるみんなは「凶札」が多い。日光の敵は、浅草で、ということなのか…?
東京ッ子のボクとしては、それがうれしいし、自慢のタネにもしている。

さてさて。
日光の「おみくじ」。

実は、おみくじをひく前に、あれこれ小銭を使ってしまったのです。
輪王寺の裏手を歩いている途中で、「祈願」という細長い板が目に止まって二百円で札を買い、梵字の下に書く祈願に「世界平和 安全な宿」と書いたのだが、「平和」の「平」の字が失敗。汚い字になっちゃった。
まあ、適当にごまかしたが、ちと、心残り。
で、参道に出たら「甘酒」を飲もう、となってここで百円玉を何個か使った…

で、「おみくじ」の箱の前に行ったら、小銭がない。百円玉が二個必要です。
んーーーー、困った。一個しかないぞぉ。

ここのおみくじは、売り場、ではありません。社務所の方が、「はい、どうぞ」と手渡ししてくれるシステムではないので、「おつりをください」という訳にはいかないのです。
おみくじをひきたければ、手前に用意されている小さな「賽銭箱」に二百円を入れて、札をひきなさい、というもの。
誰も管理してはいないのです。

しかたがない。百円にしてもらった…。神様に、そうしてもらうように、心でお願いするしかない。
千円札は出したくないし…。

で、ひいてみた。
なんとなんと、東照宮初詣では初の「大吉」 ではないか! どうしよう…。大騒ぎも出来ないし。
そっと、騒いだ。「わっ、大吉だぜ、この札…」

このまま、まっすぐ帰るのは、ちと、憚った。
「あのぉ、みんなで食事しない? ボク、おごるから…」
「大吉札」の始末に困ったが、結局ポケットにしまうことにした。


食事の場所は、その名も「山のレストラン」。「明治の館」の姉妹店。東照宮から、クルマでほんの10分程度の距離です。
なかなかの眺めなのです。
秋の紅葉では観光バスで列をなすお店で、金谷ホテルほどの古めかしさはないけれど、インテリアもいいし、四季折々、日々の時刻で千変する景色が美しい。滝の眺めもボクは気に入っている…

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おすすめのお料理は、特製ハンバーグとサーモンのスパゲティー、それにクラムチャウダー。
都会では絶対に食べられないのが、ここの特製ハンバーグ。「万世ハンバーグ」は庶民の味だけど、ここはフランス風…
大食漢のオカダ君や田舎者のノジあたりがこれを見たら一体どんな驚きの声をあげることやら… まあ、そのうち連れてきてやるか。

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女性パスタファンにはサーモンのスパゲティーをおすすめです。まあ、ヤッちゃんとかナオミちゃんあたりが食べてみなさいよ。
「スゴイんじゃないの? この味…」とかなんとか、大騒ぎしそうですぞ。田舎代表のサクライだったら、気絶です、ハイ!
都会ではこれほど贅沢に、サーモンをのせてくれるレストランはないから、ね…
コーヒーとデザートをいただいても二千円少々というお値段も又、魅力ですぞ。

「全部、ボクのおごり!」
「いいの、スゴイねぇ!!」
元日早々、「バーゲンおみくじ」でモヤモヤした気分は、これにて一新。
「そうだ! あのウスイ夫婦あたりはここの料理は気に入るだろうなぁ」


28日か29日に、また別の顔ぶれで日光に行きますか。
目的は「食事」で。「おみくじ」は、なし…と、言うことで。


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…まさみ…
by masami-ny55 | 2006-01-05 17:00 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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