大器晩成の樹

パリのルーブル美術館の至宝「モナリザ」が来日したのは、確か昭和49年頃ではなかったか…
まあ、歴史的記憶は定かではないけれど、ただ、モナリザが上野の美術展に飾られたとき、日本国中がモナリザ一色になったことを覚えている。
どこに行っても、どこにいてもマスコミの話題は「モナリザ」だった…

「ねぇ、見た?」
「見た見た! でも、ほんの数秒間。止まって見られないのよねぇ」
「でも、見られただけでもよかったじゃない! 私の友だちは、ダメだったみたい…」
「あっ、そう。やったね!」

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「モナリザ」の美術品としての価値感や、画家ダビンチと宗教画との関連、その背景と、なにひとつ飾りを付けていないモナリザの姿の意味なんて、どうでもよかった。見たか、見ないかが問題なのだ。ただ、それだけだ。

この現象は、上野のパンダも同じだった。
当時の田中総理と中国外交のシンボルとして、「パンダ」が日本にやってきた。これもまた、大変な人気になった。
地方からは観光バスを乗り付けて、上野動物園に行列が出来た。一目パンダを見ようと、長蛇の列だった。子供は泣き出すし、お年寄りは待ちきれずに倒れるし…

これもまた、見たか、見ないか…が、問題なのである。中国との国交回復なんて、まったく話題にも上らなかった。

ブームが去ると、また次のブームを待ち、その波に乗って楽しむ…
同時に、ブームが起きるとあえて抵抗する人達も登場する。
「あ~~、それね、くだらんよ」
「なんであんなものに感心するのか、わからない」
「流されるようで、いや。個性を大事にしないと、ねぇ」
などと、ごもっともなことを言うが、こういう人達は友だちが少ない。

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最近では、「韓流」というのがあった。
その代表は、「冬のソナタ」という悲恋物語だろう。ボクもこのドラマが気に入ったひとりである。
とにかく、主人公のふたりは、なにひとつ決めない、という物語である。その場その場で、立場を豹変していく。
ボクには、ここが現代的でおもしろい。
決めないから、かかわる脇役陣がこのふたりを「かまって」いる。
「ああしなさいよ、こうしたら?」
「早く行きなさい、遅れるから」
「心配しないで。大丈夫よ」

…その台詞を上げたら、書ききれない。

決めないから、悲恋物語が成立する。脚本を少しでも学んだ人達にとっては、定石オンパレードだ。

ただ、この「冬ソナ」は、現代的だというおもしろさを感じた。なぜ、このドラマがこれほど支持されたか。
視聴者は、このふたりをブラウン管を通じて「かまいたかった」からではないだろうか。
「そうよ、それでいいの」
「だめだめ、それは危ないじゃないの」
と、ドラマを見ていて奥様方はそんな声をブラウン管に浴びせたことだろう…

現代の人間関係は、ほとんどが、「これ」である。
はっきりしなければ、はっきりさせてあげようとお節介を焼いてくれる人が現れるものだ。
決めない間は、「かまって」もらえる。これがまた、なんとも心地好い。

言う人と、言われる人…。
かといって、なぜ決めないのかと、強く諭さない。強い口調で伝えると「嫌われる」からだと。
嫌われたくないないから、相手が人生の道をウロチョロしても、所詮は口出し程度でとどめてしまう…

人は、間違える確率の方が断然多い。失敗は人生で、つきものではないか。
3割打者というと、ベースボールでは偉大なバッターである。が、ヒットしている確率は、7割の失敗である。

e0013640_123634.jpg自分を包む。いつの間にか、なぜ自分を包んだのかさえ、記憶がないほどに、自分を包んで飾り立てる。その多くの理由は、「バカにされたくない」から。なので、知っていることを増やそうとする。知る量を増やせば、バカにされない、と勘違いしている人は多い。


ボクの授業に、国立大学の教授が参加したことがあった。その同じクラスに、地方から来た72歳の女性がいた。彼女の仕事は農業である。で、こんな質問をしてみた。
「先生。のりを巻いた三角おむすびを作れますか?」
「できんなあ」
「あっ、そうですか。ねぇ、お母さんは出来る?」
「はい、出来ます!」
「じゃあ、先生。金魚の正しい育て方を知ってますか?」
あえて、「知ってますか」というキーワードを使ってみたら…
「いや、それは…できません」
と、「知る」と言う言葉を避けての答え方をしていた。で、
「ねぇ、お母さん。金魚の飼い方、知ってる?」
お母さんはケタケタと笑いながら…
「お祭りで買ってきたから、孫に飼い方、おスえましたよぉ」
大学教授は、以後静かになった…

自分の知識は、自分の人生で「役に立っている」というのと、「役に立っているはずだ」…とは、全く意味が違うとボクは思う。

こういう人達の、常套句は「ああ、知ってるよ」「行ったよ、それ」「もういいよ、以前やったことがあるから」
まるで、昔々の「パンダ現象」「モナリザ現象」とおんなじなのだ。
金魚の飼い方も知らないくせに…よく、言うよ、ね。要は、実質的な成果を創れないことを、知ってるんですよね、こういう人達は。
口から出任せの会話だったり、人によって言っている言葉や表現を変えちゃったりとか、ね。
とってもとっても大切なものをその都度、失っていることに気がつかない…

ボクはもしかしたら大器晩成ってヤツなのかもしれないなって思う。
ボクの人生での発見は、賢い人達に比べるとノロノロしているかもしれない。ホントにボクって、スーパー ウルトラ ゴールデン スペシャル 馬鹿者なのだろう。実はボク、自分がバカだと言うことをちっとも恥じていないという点が、多くの賢者達から「毛嫌い」される原因みたいだ。でもね、ボクはいつまで経っても「成長をおそれる人」にはなりたくないのですよ… 第一、自分のバカさ加減を知れば知るほど、まだまだボクは人生で学ばなければならないことが多いから… 小利口な人生は、ボクには不向きなのですよ。
少しずつでもいいから、年輪を拡大していきたい。不思議なことなんだけど、ボクって、自分の年齢がわからなくなることがあるのですよ…ボクより全然若い人なのに、「ウソッ…老けてる」って感じちゃうことがあるのですよ。これって、ヤバイでしょ。



「冬のソナタ」…
ミニョンさんが、ユジンに言いました。
「なぜボクがあなたをここに案内したかって? 前をご覧なさい。こんなに美しい景色が広がっているではありませんか。それなのに、なぜユジンさんは現実の景色を見ないで、過去の思い出ばかり見てるんですか? 思い出探しの人生をいつまでやっているんですか? 影の国に住んでいるのは、ユジンさん、あなたですよ…」


e0013640_1144615.jpg素敵です! この台詞!!

人がいつまでも、おんなじことをしていると思う人は、自分がそうだから…ねッ。




…まさみ…
by masami-ny55 | 2005-09-14 01:06 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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