ケンヤさんと叔父のこと

取材、というほど大袈裟ではなかったが、愛知県に住む叔父に電話してみた。
叔父は昭和20年に長岡高等工業(現・新潟大学工学部)を卒業後、愛知県にある自動車会社に機械工として就職した。その後、この会社の「ミリオンセラー」になった乗用車の開発チームで仕事することになる。車体生産に専念する。
昭和38年、渡米。マサチューセッツでの合弁会社の役員として2年間単身赴任した。

その叔父はすでにこの会社は卒業だ。いまは、その頃の友と散歩したり、ゴルフに出掛けたりしているというが、「この年になると健康が一番だよ」と電話の向こうで笑っていた。

さて、叔父の昔の仕事ぶりから、聞きたかったことがあった。叔父の直属の上司・ケンヤさんの話である。ケンヤさんは、同業他社でもその仕事ぶりでは噂になった人物だが、なかなか記者に直接会うことがなかった人でもある。そのため、臨場感のあるコメントが残っていないのだ。
ケンヤさんは、昔々、今から50年以上も昔のことだが、この自動車会社で「ミリオンセラー」の開発主査をしていた。叔父にとっては、学校の先輩にあたる。そんな縁もあって、叔父はケンヤさんの元で様々な国産車の開発事業に携わった、いわば数少ない「生き証人」でもある。

「昭和26年の労働争議のとき、ケンヤさんは大声で叫んだよ。“このままだったら労使とも倒れになるぞ、それでもいいのか”って組合に直談判したんだよ。ケンヤさんの一言は効いたぞ。みんな、シュンとしちゃたもの。忘れないよ、あれは」と、ことケンヤさんの話題になると、とたんに叔父の声は若返った。
「キイチロウさん? そんな偉い人は顔見ただけ。話なんてしたこともないよ、だってボクなんかは下の下の下なんだもの」

ケンヤさんは、まっすぐな人格だった。都会的な感じではなかった。どちらかというと、野武士タイプ。「ボクたちの上司のエイジさんがケンヤさんに、“そろそろ役員になったらどうだ”という話をしたんだね。そしたらケンヤさんは、“私はTのケンヤで充分です”と答えて、重役になることをしなかったんだよ。ケンヤさんのことを思い出すと…」と、叔父は電話で涙声になった。そして、こう言った。

「私はケンヤさんの下で働けたことが、一番のしあわせなんだ…」

と。叔父がそう讃えるケンヤさんこそ、しあわせ者ではあるまいか。部下にこんな素敵な言葉を贈ってもらえるなんて…。男のボクとしては、ちと、うらやましい。

ケンヤさんは85歳まで力いっぱい生きて、人生を全うして、岡崎の自宅で世を去った。
「オヤジがなくなった時と同じほど、私は泣いたよ」と叔父が回想してくれた。


こういう人たちが、現在の日本を創り上げてくれたのだ。
そして、ケンヤさんの物語は自動車会社の開発物語には必ず登場しなければならない人でもある。しかし、T社はこういう人たちの「記録」を残していないのが残念で仕方がない。どんなにいま、見た目がきれいになったモダンなビルになったとしても、油まみれに働いた人たちの心意気と努力の成果を書き残すべきなのではなかろうか…と、ボクは思う。
1500万円もする国産車を堂々と販売するかたわら、その土台作りから開発、生産まで、まさに「0からの生産」をした男たちの物語を知ってもいいとボクは、本気でそう思う。彼等の血と汗と涙を棚に上げて、「世界一の座」を誇るとは、ボクにとっては笑止千万なのだ。

なぜなら、叔父やケンヤさんたちが仕事していた時、「倒産」の二文字が背中合わせだった。が、現在T社が倒産するとは誰が思っているものか。そんな時代の中で、「あの頃の規則」だけがひとり歩きしているようにボクには映る。あの「ケチ規則」が生まれた「本質論」はもう、とっくにT社のスタッフとて誰も知らないはずだから…。


そう言えば、ひとつボクと叔父のことで思い出したことがある。ボクが大学生の時だった。叔父が「なんでまさみ君はウチのクルマに乗らないの?」そう言われた時、
「だって叔父さんが開発したクルマでしょ。ノロそうなんだもん、親父が乗ってればいいよ」
と反発したことがあった。

ボクがT社のクルマに乗らないホントの理由は、実に偏っているが簡単明瞭。
「名古屋のクルマには乗らないよぉ~、だってボクは東京ッ子だもん。銀座のクルマに乗るよ」
だった。
叔父には申し訳ないが、ボクは一度も名古屋自動車を購入したことはない。いまでも、銀座のクルマに乗っている。しかも、真っ赤な色のスカイラインGT(R34型)である。
そんなボクが、なんの因果か「T社の本」を書き始めている…。

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by masami-ny55 | 2008-02-02 00:15 | 日記


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