20年ぶりの再会

80年代の日本経済界は「格式」があった。
経団連、日本商工会議所、経済同友会はあの頃、行政の牽引さえしていた。
今にして思うが、日本が最も純粋に経済活動をしていた時代だった…。そして、80年代がそうした経済活動の終焉期でもあった…。

この当時の社長族は、概ね明治生まれだった。総合商社でも金融機関でも、日本を代表する製造業種の会社でも、明治生まれの男たちがこぞって「日本丸」の舵取りをしていたものだ。流通関係の業種では、社業の性格だろう、若返りが早く大正生まれの社長たちも現れていたが、それでも若干だった。

ボクはその頃、なんの因果か、出身大学から見ても全く畑違いの「経済担当の記者」になった。
子供の頃から音楽と映画、美術しか知らなかったボクが「経済記者」として大手町を日参することになった。商社と金融を廻って歩いた。
ここに一枚の名刺がある。中山素平氏の名刺である。彼と会ったのは、友だちの記者が「ついて来い」とボクを料亭に誘い、そこで顔なじみの他社の記者たちがいて、中山氏を囲んで雑談していた。
記者たちが中山氏にプレゼントしたのが、ここにまだ残っている中山氏の名刺である。

「鞍馬天狗 中山 素平」

この名刺をみて、中山氏は大いに機嫌がよくなって、記事にならない逸話の数々をおしゃべりしていた…。雑談の名手。ボクたち記者は彼を本名「そへい」とは言わず、「そっぺい」と親しみを込めてそう呼んでいたのが、懐かしい。戦後、川崎製鉄の千葉工場設立で、時の日銀総裁だった一万田 尚登(ひさと)と大喧嘩の末、5億円の会社でしかなかった川鉄に、163億円の融資を引き出してとうとう製鉄所を完成させた人物だ。ボクは若かったので、図々しくというか怖いもの知らずというか、一万田氏の自宅、渋谷に立ち寄ってその時の話を聞かせてもらった…。一万田氏はもうお年だったが、ボクをなかなか返してくれなかった。久々に訪れた記者と話がしたかったのだろう…。 あの時、中山氏に対して「製鉄所にペンペン草をはやしてやる」との大喧嘩をやり合った人物がボクの前に座っていた…。
中山素平は、その後、日産自動車とプリンス自動車を合併させ、富士製鉄と八幡製鉄の合併で難色を示す公取委を説得させ、「新日鐵」誕生をさせている。その奮闘ぶりと、私利私欲を超えた銀行マンであったこと。明治の男気を臭わせて、純粋に日本経済界の発展を信じていたこと。受勲や表彰などの「陽の当たる場所」を毛嫌いした性分…などから、いつしか素平を「鞍馬天狗」と記者たちはそう呼んだものだった。

そして、あの頃から20年が経つ…。わずか、20年でしかないこの時の流れの中で、日本人はたくさんの「忘れもの」をしているような気がしてならない。
IT産業も結構だが、どこか彼等は「お行儀」が悪い。経営者としの風格とでも言うか、男気と言うべきか、自社経営をまるで「ゲーム」のようにしている。
新日鐵で武田豊が社長になった時、自宅があまりにも「古すぎて、屋根にぺんぺん草がはえる」ほど痛んでいたのである。これを見て、「新日鐵社長自宅がひどい」という評判は、強いては「日本経済界がひどい」と言うことにもなりかねない。直ちにリフォームせよ、と命じらている。社用車は、国産車である。

これが日本経済界だった。
だがいまは違っている。まるで、成金族が勝ち組…とばかり、ゲーム感覚。体を張る仕事をしているわけでもないのに、パソコンをカチャカチャしていれば、それが「仕事です」という時代である。
「儲かれば」外車スポーツカーに乗りたがり、テレビや雑誌に顔を載せたがる。陽の当たる場所、派手な場所を好む傾向が強い。

総合商社で、例えば石炭を貨物車両一両ぶんの仕事を取り付けたとしよう。
その利益は、いかほどになるとお思いか? 100万円? 50万円? 30万円? それとも10万円程度か?

とんでもない、コーヒー一杯分の集金が出来ればオンの字なのだ。物流とは、そんなものなのである。
しかし、これを取り付けるまでの手間暇がどれほど大切か…。パソコンをカチャカチャ、とは行かないのである。人と会って、商談してようやく仕事になる。
なぜこんな仕事が出来るか、お分かりだろうか? ゲームをしているのではなくて、仕事をしているのだ。自分の仕事の意味を彼等は今でも知っている、日本貿易を背負って立つ、という貿易マンのプライドがあるのだ。これは、教えても出来る人と出来ない人がいる。

今日、日本経済新聞社証券部のK君と、出版社のT君と、そして出版社の若い編集マンS君の四人で会った。K君とは二十年ぶりの再会だ。証券部から離れていた。ボクがトヨタの本を執筆中なのでその話もかねて、T君がこの再会のお膳立てをしてくれた。神保町の鰻屋の二階で会食が始まった…。
銀座はなくなった…とK君はいう。今は、IT産業の若い経営者たちが六本木で合コンしている、とも言う。
「なに、それ?」
テレビタレントを数人呼んで、騒いでいるというのだ。ホントかいな?
「行儀が悪いねぇ」
するとK君が、「もう、どこにもいませんよ。日本財界の格式と伝統を継いでいる経営者なんて…」
と、こぼした。「日本経済は骨抜きですよ。終身雇用もないですから。まあ、そんなものを当てにしている若い企業マンもいないでしょうが」

彼等と会う直前、ボクは久々に昔行きつけだった古本屋に立ち寄ってみた。執筆のための参考書を購入するためだ。「社史」が欲しかったから、…アラ、本屋がなくなっている。
で、隣の古本屋さんのご主人に伺ってみた。
「社史を売ってたお店はいま…」
すると、意外な答えが返ってきたのである。
「社史はもう売れなくなったんですよ。個人情報ナントカとかいう法律があって…」
個人情報保護法が、こんなところにも影響を出しているとは!
世界中の国家の中で、こんな馬鹿げた法律があるのは日本だけである。人間的な常識、道徳観念を「法で定める」とは、なんと幼稚な国家に成り下がったものか…。

どこで生まれて、どんな人生を送ったのか…どんな楽しみがあって、どんな相手を向こうに回してケンカしたか、神の存在を信じるのか、だれが好きで、なにが嫌いなのか…といった人間性が無視されていくように感じる。民主党で若い議員たちの「身体検査」がなされていない、という批判が最近あった。
これも、個人情報保護法の反映だろう。バカも休み休み言え、である。


二十年ぶりの再会なので、どうせ酒席になろうと思い、クルマは置いてきた。ほんとうに久々だが、ボクはビールを飲んだ。そして、出された手料理を平らげた。
その途中に、「読売巨人軍が5年ぶり 優勝」の知らせを店の女将さんが届けてくれた。
日本人の忘れものがひとつ、届いたようで、妙に楽しくなった…。


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…まさみ…
by masami-ny55 | 2007-10-03 04:52 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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