ちょっと、こわいけど…やっぱり書き残しておきます

5年後をめどに、日本国憲法の改定をする、と新しい日本のリーダーはそう言う…
彼の年齢は、52歳。
ということは、1954年(昭和29年)生まれ。彼が4歳の時、昭和33年に長嶋茂雄さんが巨人軍に入団しています。この首相は、「若い」日本のリーダーです…。

戦後も収まって、平和になった日本に生まれ、政治家のご家族に育っておられる。

戦後の生活を知らない彼が、こう言う。
「今の憲法は、日本人が創ったものではない。屈辱的でもあった…」
と。
だから、「憲法を日本人が創り直す」
というのです。

ボクは、耳を疑った…

法律文は読む人のこころのあり方で、どんな解釈もできる不思議さがあります。
否定的な感情が強いときは、そのように。しかし、肯定的な気持ちで読んでみると、だいぶ読後感が違っています…

押しつけられた屈辱的な我が国の憲法…などという前に、本来「憲法」とは、なんだったんでしょうか?

そうですよ、ね。その国の「ビジョン」でしたね。アメリカ合衆国独立宣言書にしても、です。全世界の国々の憲法とは、一言で言うと「国のビジョン」が綴られたもの、です。

「憲法」は、人が向かう方向が書き記されています。人間の生き方であり、かかわりであり、教育であり、民が選んだその代表者「議員」のあり方などが記されたものです。

「憲法」とはここにあって、現在まだここにない「もの」。そう、「国家のビジョン」を書き記されたものが「憲法」です。

まあ、言ってみれば国の「コンパス(羅針盤)」です。
「ここに向かうぞ!」
って、訳です。

で、昭和20年8月。この国の民はやっとこさ、長かった戦渦から解放されました。
この国にその歴史上、初めての本格的な「民主主義」という、得体の知れない言葉が上陸してきました。戦渦から逃れたら、今度は、得体の知れない言葉に惑わされました…「国民が自分の国を動かす」…って、なんだろう、と。
誰ひとり、「民主主義」の本質を伝えきれる人は、当時この国にはいなかったはずです。だって、こんな言葉はこの国の人たちは、初めて、だから。国会議員も、教職者も、父も母も誰ひとりわかりやすく解説はしてくれなかったようです。
なのに、この国の「教育」はスタートしてしまったのです…。

学校に上がっても、子供たちは自分の国のビジョンを教えてもらっていません。
「君たちは戦争が好きか? 嫌いか?」
「平和ってなんのことだと思う?」
「ボクたちの国はこんなふうに歩んできたんだ。どう思う?」

でね、みんな。これからの自分の国を、こうしようとしているんだよ。そのことが書かれているのがね、「憲法」って文なんだ。みんなで読んでみよう!

…なんてそう言ってくれたのは、どうやらボクの先生だけだった。ボクはみんなそうやって国のビジョンを知るんだろうと思っていたけれど、友だちに聞いてみたらそうではなかったようです。

で、現在。2006年。1945年から61年が経った。

この61年間、全世界では戦争が止まらない。どこかで…。
しかし、この国はその「憲法」が「戦争」を止めた。絶対にしない、ボクたちの国は! と。
そのビジョンを、どうあれ守り抜いて61年が経った。ボクたちの国は、1945年以降「戦場」に人を送ることはしていない。銃口を見ず知らずの国の人たちに向けるようなマネはしてこなかった…
1度も、だ。

ボクたちの国には「憲法」の「前文」がある。

この文章の成立は、当時の人々の考え方では「屈辱的」だったことだろう。なぜなら、誰ひとりとして「民主国家」を本気で夢見たことがなかったからだろうし、それは無理からぬことだった。
縦割り機構の社会に生きた人たちには、「自由」を表現したり、伝えたりするのは、無理だったのだろう…。知らなかったのだから。
ボクは、まだ覚えている。中学生の頃、だ。「前文」を読んでいたら、なんだかわけもなく大きな涙が目頭に溜まって、先が読めなくなったことを。
「ボクの国って、スゲェんだ」
と、こみあげてきた…

さて、「憲法改正」を叫ぶ人たちの声をこの先、ボクたちは聞くだろう。そして、変えようとしている人たちは、きっとすでにその準備はしていることだろう。
この国の「憲法」がどのような成立をしたか、という経過物語ではなくて、この「憲法」のおかげでどれほどボクたちは「平和維持」してこれたか、その成果も伝えるべきではないかなあ…と、ボクは思う。

そして、なぜいまになって「憲法改正」なんて言い出したのか…
いまボクたちの国は、すくなくても大国アメリカよりも、ずっと「平和」だ。だって、戦場に我が子を送っているご家族なんて、ボクたちの国には存在していないんだから。

そんなことを言い出すくらいなら、経済活動の復活や、高齢者への国の援助とかまだまだたった今しなければならないことがたくさんあるだろうに…。ボクがもし、この国のリーダーだったら、真っ先に「憲法」に則り、「教育」から始める。子供たちは、ボクたちの国の「宝物」だ。なにせ、未来がある。子供たちを輝くばかりに育てたい。全世界の国々がうらやむばかりの「教育」をしてあげるだろう…。彼等に伝えるだろう、ボクは。君たちの先輩たちがどう生きてきたか、どんな間違いと成果を創り出したか…を。

こんなメモが出てきた。学生時代に走り書きした「試作」だ。

祈り
主よ 我らの一日を支え給え
陽が傾いて 影が伸び 夜が訪れて
世の喧噪が静まり 生活の熱が収まって
仕事が終わるまで
主の慈しみのうちに
安全な宿と
聖なる安らぎと
平和が与えられますように

…まさみ…
by masami-ny55 | 2006-10-19 04:16 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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