時のなかで…

本郷の坂をあがっていくと、東大に出ます。この事務所から徒歩10分、程度です。
そこから右に折れて、大通りを歩き続けると、老舗の和菓子屋さんがあります。
創業は明治だ、と聞いています。店先に並べてある和菓子は時代の流れを止めたまま、そのままの姿で今日もまた、同じ形で並べられている…

王子近くに、神社があります。
地下鉄から降りて、この神社の前を歩くと、いつも覗きみてしまうのは神社の隣に立つ小さな和菓子屋さん。看板は古く、創業は寛永と書かれてあったからいったいどんな味がするのか、草餅をひとつ買って、歩きながら食べてみました。お茶が欲しくなりました。

何代も続けている和菓子屋さんは、東京だけではなく、きっと京都や仙台、金沢や松山など全国には伝統のある和菓子屋さんが多く散在していることでしょう。お茶好きの日本人のこと、甘味はもはや生活の一部です… 地方出張のおみやげはまず、甘味物なのだから。

伝統、歴史があります。


最近、経済事件が目立ちます。事件を起こしている会社をみると、ボクは「歴史は浅いなあ」と感じてしまう。5年程度で、大企業になった、と胸を張ってみせる青年実業家の笑顔はとてもとても眩しい。輝きがあります。そんな人たちにあこがれを抱く人がいても、当然でしょう。…しかし、突然消えてしまうこの不思議さ。これが、現在の日本ということなのでしょう。

寛永年間から商売をしているんだったら、ビルの1本や2本オッタててもいいじゃないか! もっと、多角的に販売したら儲かるだろうに… と、「彗星型経営者」たちなら、きっとそういうでしょう。
いや、今時1コ100円だの200円だのと、そんな商品は製作コストと販売価格を計算しても無駄だ、それよりも、1発100万円とか1億円とかの仕事を探せ!
…なんていう、声すらボクには聞こえてくる。そして、この「声」が、今の日本のホントのところではなかろうか…。生活経済を安定させる努力よりも、一発屋経済と時期物経済だけを優先しているのがいまの日本経済のような気がしてなりません。
歴史も伝統も、こういう人たちの目には価値がないのだろうか…
日本経済がGMP第2位になったが、このとき世界各国で評価したのは日本の「技術力」だったはずです。物づくりニッポン、その地味な努力と成果の累積が評価されていた。…でも、最近は疑わしくなってはいないか…

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日本サッカーチームがブラジルと戦って、1-4で大敗して、予選で姿を消しました。
一方、ベースボールは先だってのWBCでは「世界1」の頂点に立った。
スポーツはすべて「勝ち負けゲーム」なのだから、その都度、勝ったり、負けたりを繰り返す。
…そして、その結果の累積が歴史という伝統を創っていきます。

日本では、サッカーの歴史は野球(ベースボール)に比べると、その歴史は浅い。プロスポーツ史、という観点でみるとまだ、40年そこそこ、というのが正直なところではないでしょうか。15年、という人さえいました。
だが、野球は日本では100年が経ちました。1907年、この年日本ではじめて「有給試合」をしているのです。これは、ベースボールのふるさと、アメリカ人の方がよく知っていました。「ニッポンはベースボール先進国だから」と、熱く語ってくれたのはNYの友だちでした。
日本でプロ野球が誕生したのは1920年(大正9年)、関東大震災の3年前のことです。巨人軍は1934年(昭和9年)に。翌年(昭和10年)にタイガースが発足。そのまた翌年1936年(昭和11年)には、名古屋で2チーム、大阪の阪急も名乗りを上げて今のようなリーグ戦を戦っていたのです。

1907年、日本ではじめて「有給試合」をしてからおよそ100年目で日本ベースボールチームは、みなぎる大先輩たちとの死闘の末、ようやく「世界1」の座に上ることができたのです。
王監督がニッポン式凱旋儀式「ドーアゲ」を、ベースボールのふるさと、アメリカの空高く舞った姿は皆様もご記憶のとおりです…
どんな形であったにせよ、ニッポンベースボール(野球)が「世界1」になりましたが、
ここまで成長するのに、日本の野球選手たちは100年という時を費やしています…そして、プロ野球を愛する人たちも100年間、待ち続けたことになります。
この間、あの戦争もあり、戦場から帰らない選手になった数は大勢いたと聞いております。

ボクは、昨日のサッカーの試合で一番印象的だったのは、選手たちのプレーではありませんでした。
試合後、自分たちの負けが決まった後で、グランドから立ち上がらず寝そべったまま、子供のようにひとり、涙している中田選手の姿でした。
この姿に、誰が文句をつけられましょうか! 
「また、次があるからさッ」などという、その場限りの安っぽい言葉も彼の涙を止めることはできないでしょう…

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かつて野球人たちも中田選手同様、長島選手がそうであり、村山投手がそうであり、古くは川上選手や藤村選手たち…も、「その涙」をグランドに落としました。
そして、その姿をファンは見届けてきたのが、ニッポンベースボールの歴史なのです。

ニッポンサッカー。
その「中田選手の涙」から始めようではありませんか! 
ここから、ニッポンサッカーの歴史を重ねていきましょうよ。
まだまだ若いチームです、ニッポンサッカーは。でも、この若さで4年に1度のビッグタイトル挑戦チームに育ったことだけは間違えないのだから。

サッカーファンたちは、中田選手たちを育てあげる「義務」があるような気がします。
ベースボールも同じですが、無意味な勝敗至上主義や、過剰期待感などで彼らをみては、選手たちが育ちにくいのではないでしょうか。そもそも、そんな観戦の仕方で試合が見られるのでしょうか?
そして、日本のメディアもそろそろ「時期物経済」をあおるようなことはしてほしくない…

そう感じているのは、ボクだけだろうか…。

…まさみ…
by masami-ny55 | 2006-06-23 16:12 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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