「背くらべ」

このブログ、しばらくご無沙汰でした…
えッ? どこかにコモっていたのかって? まさか。

書かないときの理由は、ボクの場合、ふたつです。
書くことがないか、書く時間がないか、です。

書くことがない…のは、学生時代からそうなのですが、ボクの場合、「こと」が定まっていないときです。漠然としているのですよ。「こと」としての「形」になっていないのですよ…
混沌としている、というとかっこいいのですが、要は「モヤモヤ」とか「ガシャガシャ」してトッチラカッている…。従って感情体験が一定です。不安と心配と…まるで世界中の色彩たちが全部混ざった渦の中に自分が落ち込んでしまっているような…そんな感じです。区別できなくなっているとき…です。
こういうときは、原稿用紙も見たくない。口数も少なくない自分になっているのですよ。このふるまいは、学生時代から変わりないボクの姿なのです。

書く時間がないとき…とは、飛び回っているか、話に夢中になっているときです。

まッ、最近は書く時間がなかった、なッ。
だって、飛び回って話に夢中だったから。

e0013640_5282168.jpg

さてさて。端午の節句も、もう間近。
事務所近くのお風呂屋さんは、この日は無料です。
「背くらべ」という唱歌に習って、ボクは小学二年から台所にある柱にもたれて自分の背丈にあわせて印を付けたものです。確か、中学2年までこの柱にもたれていた…。大きくなって、そんなこともせずにいたら、十八歳になったとき、大学を受験する年のこと。五月でもないのに、父親が、「どれ、まさみ、こっち来い」そう言って、この柱にボクを立たせて小刀で印を付けた。「お前が大学生かあ…」母親は「大きくなった、まさみは…」そんなことを言われたことがいまでも忘れられない。

成長するよろこびだろう…。

我が子に「大きくなった」という親たちのこの言葉は、単に、子供の身体が大きくなったという意味だけではあるまい。十八歳までのボクのしてきたことを親の側からボクを見ての体験を予想しているのだろう。「まさみはこんなことをしてきたに違いない」…と思ったのだろう。
それは、ボクが音楽に関心を示し、トランペットを買い与えてくれた母とのこと。ボーイスカウトで「オリンピック」のボランティアで早朝から競技場に通って、そのお礼にいただいた「記念メダル」を職人たちに自慢していた父とのこと。夕食を囲んで、学校で先輩から教えてもらったことを親と職人たちに自慢げに話すおしゃべりなボク。自転車に乗れなくて怖がっているボクを父はスパルタ指導したことや、ピアノを習いたかったボクに「珠算塾に通え」と、強制変更させた父の特権。小学五年の時、麻疹(はしか)で高熱を出したボクを、数日間徹夜で看護していた母。…様々な人たちと、数々の出来事とかかわってきた十八年間を父と母は「大きくなった、まさみは…」との言葉に託したに違いない。
e0013640_5291013.jpg

父はボクが読書をしているといい顔をしなかった。いつまでも本を読んでいると、時には父の鉄拳が飛んできたこともあったほどだ。
「子供のくせになにしてんだ! 若いうちから知恵なんてつけるもんじゃない! そんなことよりも、男だったら外で飛び回ってこい! 身体を使わない人間になるな! 元気にしてないと立派な人間にはなれないぞ!」

父の言葉にはいささか古めかしさを感じるものの、現代の風潮を思うと、一理あるような気がする…

ボクが生きるにあたって、役にも立たない「知恵」をつけて自分を縛り付けたくはない。
「素晴らしい想い出」を多く蓄えていく自分の人生のためにも、飛び回って、歩き回って、様々な人々と出逢いたい。多くの出来事と直接出逢いたい。
この目とこの耳で、実際に見聞きしたい。
この手で人に触れたいし、この声で人と話したい。
出逢いは自由であり、よろこびたい。別れには、悲しみたい。
光は眩しく輝き、街の喧噪の中で仕事をしていたい。夜の闇は静かであってほしい。
平和と安らぎと安全な床の中で身体を休めたい。

自分の日々の行動を、点と線でつなげてみたら「ほんのこれだけ…か」と、嘆きたくはないのだ。
限られた範囲の中で死んでいく人たち…
まるで「ノミのサーカス」が自分になっている…なんて、ボクにはとんでもない。

足があるから、歩ける。でも、足があるのに歩かない人たちは多いようだ。
目があるから、見られる。でも、下ばかりしか見ない人たちも多いようだ。
行けるのに、行かない。ボクは気になったら、翼があるから飛んでいく。人たちの話を聞きたくて、逢いたくて…。その想いがボクに翼を与えてくれる。自分の翼を使わなくなっている人たちは、多くなった…。

というボクにしてくれたのは、やっぱりボクの父と母だった。

学生時代。心理学者の特別授業があった。学部とは直接関係なかったが、有名な教授とのことで聴講生が多数参加した。
最後に「質問は?」と聞くから、待ってました、とばかり質問した。
「先生。先ほどから、こころ、という言葉を多用していますが、ところで人の心とは一体何処にあるんですか? 是非、指し示してください」と聞いてみた。
すると、この有名な教授は自分の左上の背広を右手で叩いて、
「ここですよ、ここ!」…だと。
「では、先生の身体をスライスしたら、こころ、がそこから出てくるんですね」
「もちろん!」

だめだ、こりゃあ…と、思ったのはボクひとりではなかった。聴講していたボクの友だちも呆れ声を上げて、教室から出た。いくら学科単位と無縁とはいえ、よくまあこんな人を学校では呼んできたものだと、呆れた。
早速、研究室に戻って小説家でもある担任の先生にこのことを伝えて、ばかばかしくて、と不満をぶちまけたら、「若いなあ、お前たちは。そう言うときは、恐れ入りました、って顔して戻ってこい。そういう先生もいるってことさ」…なるほど。
まあ、担任の先生がそうおっしゃるなら、といったんは引き下がったが、ボク達の不平と不満は我慢出来ない。
コーヒーがここにあるから、こぼさないように気をつける。タバコがここにあるから、ライターを探して火をつけて吸える。
在るから認識できる。在りもしないものを、在る、と言い切る嘘つき野郎。
無いのに、在る、と言い切る嘘つき。…あ~~~、やだ! 口から出任せ野郎の大嘘つき! その場限りの無責任野郎! と、我慢出ず学校の仲間たちと近くの喫茶店でおおいにぼやきまくったものだった…。
「俺たちの文学創作って、背広の左、かよぉ~~、え~~。ざけんなよ、まったく」

「こころの成長は…」と、この学者は熱弁していた。
だったら、「ここに、こころ、がある」と、その所在地を明確にしてもらえなければ、どの程度の成長をしているのか測定不可能ではないか。
コーヒーがここにある、と指し示せるように。こういう人たちは、どうせ活字の中の知識か、それとも人から聞いた話を味付けしたに過ぎない。
自分の身体で感じたことでもない、ただの「知恵その1」だ。

文学の元手になっているのは、他ならない自分自身の体験の累積である。それを、文字という「言葉」に託す。そこに、作者の、こころ、が現れる。背広の左側、ではない。
e0013640_529481.jpg


「背くらべ」をまねて、柱に自分の成長を刻んた子供時代。はっきりと、自分の成長を測定出来た。
それと同じことだ。
こころ、が何処にあるのか、知っていれば、自分の成長をいつでも観測測定出来る。
自分の健全さも、確保し続けられるというものだ…
身体の死と、こころの死はまったく違う。


ひとみちゃんとタカシ君に子が授かったのでよ… 
ボクはうれしくてうれしくて、ひとみちゃんにチューしちゃった。そしたら、隣にいたタカシ君が目を真っ赤に潤ませて、笑っていた。

そういえば、ひとみちゃん家には、柱があったかなぁ…

作詞:海野厚 作曲:中山晋平
  「背くらべ」
  柱のきずは をととしの、
  五月五日の脊(せい)くらべ。
  粽(ちまき)たべたべ兄さんが、
  計(はか)つてくれた脊(せい)のたけ。
  きのふ くらべりや 何(なん)のこと
  やつと 羽織(はおり)の紐(ひも)のたけ。

  柱に凭(もた)れりや すぐ見える
  遠いお山も脊(せい)くらべ。
  雲の上まで顔だして、
  てんでに脊(せい)伸してゐても、
  雪の帽子(ぼうし)を ぬいでさへ、
  一はやつぱり富士の山。
e0013640_5232861.jpg

…まさみ…
by masami-ny55 | 2006-04-21 05:30 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


by masami-ny55

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

Translation(翻訳)

記事ランキング

以前の記事

2015年 10月
2015年 04月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 08月
more...

カテゴリ

全体
日記
我がヤンキース
自己紹介
未分類

フォロー中のブログ

空とぶっちゃの日々
松井秀喜選手の「夢」物語

検索

画像一覧

その他のジャンル