京都のアッちゃん

e0013640_1963631.jpg四月になったら京都に行こうと思っています…


例のフトン屋君に会いに行くのではありません。
かといって、哲学の道の桜見物に行くわけでもありません。歯の治療でもないし…



さて、話は飛びますが、ボクには「持たない物」があります。

例えば、腕時計もそのひとつです。記者時代から持ちません。学生時代は父と同じ腕時計をしていました。父親が「入学祝いだ」と言ってくれた記念品です。
しかし、…時刻はどこにいてもわかります。街を歩けば時計だらけですし、床屋に行っても、蕎麦屋にいても、喫茶店でも、駅のプラットフォームに立っていたも。わからなければ、ボクは人に聞くようにしています。
社会に出ると、ボクの仕事は原稿書きです。重たい腕時計は腕からはずして、机の上。原稿書きの邪魔になるからです。書いていると、腕時計がうざっとく感じるのです。

e0013640_19201778.jpgで、出来るだけ薄型で軽いものを好みました。腕に巻き付いている実感がないのが、良かった。従って自動巻は薄型ではないので、手巻きを使っていました… 大変気に入った腕時計があったのですが、それをなくしてから、アメリカに行くたびに探しているのですが、見つかりません。
以後、腕時計はしなくなりました。しなくても、困りません。
まだ記者時代の頃、そんなボクの習性を知っているはずの友だちが、バカっ高いイタリア製の、それもブランド物を誕生日に贈ってくれました。しないので、返しました。しない、って言っているのに、なんでこんな高級品を…と、かえって腹が立ちました。ディズニー時計かなんかだったら、笑えたのに…。

携帯電話も最近まで持ちませんでしたが、コンサートの演出をしていたとき、ピアニストから「マサミ君、持ってくんないと困る!」と、お叱りを被り、最近持つようになりましたが、機能が多すぎて、ボクには覚えきれません。覚えればきっと便利なのでしょうが、メールはPCで充分用は足りています。携帯電話はボクにとっては、「ただの電話」にしかすぎませんし、この機械にそれ以上の要求をしたくないのです…。

あとは、ハンカチとちり紙。
幼稚園の頃から、これを持ち歩くのが苦手です。ポケットがふくらんで歩きにくい。うざっとく感じました。
大人になった今でも、未だにハンカチを持ち歩くという習慣がボクには備わっていません。トイレに行くと、ぬれた両手は、ズボンで拭いちゃいます。寒い冬の季節は、手を洗いません。従って、ハンカチはいらないのです。
ただし、これは日本にいるときに限ります。

e0013640_19431739.jpg80年代。アメリカ生活をしていたとき、ボクの生活は日本にいるときに比べると大きく変わりました。そのひとつにハンカチを持ち歩くことです。しかも、そのハンカチは分厚いタオル製に限ります。

その頃、衣服の様子も日本にいるときとは違って、出来るだけ機能的にしていました。歩きやすく、天候の変化にもすぐに対応できるように。で、ボクはパーカーを好みました。これならポケットはゆったりとしていて、ちょっとした「小バッグ」程度の機能を持ちます。小雨になればフードを活用です。傘を持たないボクには、大変便利でした。

ニューヨークの気温は、朝晩と昼間の落差が大きい。
そしてレストランでは何を食べても、ベタベタ感がしました。
砂糖と油のせいでしょうか…。とにかく、ベタベタする手をその場で拭きたい。この場合、まさかズボンで、とはいきません。タオル製のハンカチに予め水をしみこませておき、それで手を丹念に拭いていました…

夏、歩く範囲は秋でも春でも同じです。夏のマンハッタンはボクには熱すぎです。で、このぬれたタオルが大活躍するという訳です。

さてさて。そんなボクの習性は付き合いの長い友だちは知っていますが、「期間限定的」おつきあいをしてくる人達は、そんな事は知りません。
時々、ボクに「ハンカチ」をくれる人もいました…

そのひとりが、京都のアッちゃんです。生粋の京女、でした。

京都からここ東京まで通ってボクの授業のすべてを終わった人でした。卒業後も、アッちゃんはボクたちが東京から行くと自宅を開放して、朝食を作ってくれたり、買い物をしてくれたり…。ボクはアッちゃんの家が気に入ってました。玄関はまさしに京風、ところがリビングは吹き抜けのように天井が高く、壁や化粧棚にはアッちゃん自作の壁細工の小物が飾ってありました。
笑顔のやさしい女性でした…

でも、ボクたちが京都に行くことがなくなってからは、アッちゃんともお互いに疎遠になりました…。あっという間に十年が経ちました。
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先日、アパートを掃除していたらテレビとステレオの後から、埃だらけのクチャクチャのハンカチが見つかりました。誰かの忘れ物が部屋の隅に追いやられたのか、それともボクが誰かからもらったものなのかは不明でしたがそのときフッと「そう言えば」…と、思い出しました。
いろいろな人からハンカチをもらったことがあった…と言うことを。

アッちゃん、あれからなにしんてだろう?
京都にいるシホウ叔母様に早速電話。
「アッちゃんと連絡してみない?」「かしこまりました」

アッちゃんの返事は「会いたなあ」とのこと。では、会いますか! 
アッちゃんとは、十年ぶりの再会です。
ひとりで新幹線に乗っても退屈。退屈させない人と言えば、この人しかいません!
マキちゃん! 
「一緒に行こうよ!」「いいですよ、おもしろそうですねぇ」「きまってんじゃん!」

アッ、そうそう。あのフトン屋君も呼び出しちゃおう! あいつは目下、絶好調だし。
「駅まで迎えに来ない?」「ハイ! お迎えに上がります」「ン、いいだろう!」
「あのぉ~~、ボク3時までは暇ですが…」「だから、なに?」「一緒にいたいんですけど…」「いりぁ、いいだろ」「ありがとうございます!」
相変わらず、大仰な言葉を使うフトン屋君です、ハイ。

一昨日は天敵ビトウの新車(この件については、後述します、絶対!)で、熊谷まで行き、ビトウの友だちと会ってきました。帰りは深夜。つまんなかった…。


また今度は京都まで行って、人と出逢ってきます。
十年間の時が流れています。
懐かしいアッちゃんの笑顔はあの頃のままでしょう、…きっと。

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…まさみ…
by masami-ny55 | 2006-03-29 19:24 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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