明治の青春とボクたちの青春

「これ、戦闘服です。ガンバって行ってきてください! 絶対に元気で戻ってきてください!」
まるで、旅順攻囲戦にでも参戦するかのように仰々しい。
戦闘服、と言って手渡してくれたけれど、中身は「パジャマ」。要は、「肝臓がん」の手術を無事に終わらせて、元気で戻ってきてくださいよ、ということなのです。

e0013640_17332155.jpgこんな芝居じみた事をしたのは、旧友の小倉一郎君です。
小倉君といえば、テレビドラマ「俺たちの朝」で多くの人たちに知られていますが、彼の代表作のほとんどは映画です。
市川崑監督の「股旅」、吾輩は猫である(1975年、東宝)、真田幸村の謀略(1979年、東映)、天城越え(1983年、松竹)など数多いけれど、ボクはなんといっても、深作欣二監督作品の「仁義なき戦い- 頂上作戦」(1974年、東映)をあげます…。
小倉君は、青春ドラマの名脇役として未だに多くの人たちに記憶されていますが、本来は映画人なのです。
そんな彼とはもう、ん10年のつきあいになりました。
ボクがまだ学生時代、いまの朝日テレビ(旧NET)でFDのバイトをしていたときに出逢ったのが小倉君だった。彼はまだあの頃、高校生だった…。ボクが芸術学部だと知ると、彼は妙にボクになついた。そのはずで、芸術学部の附属高校に江古田高校があり、そこの学生が小倉君だった。ところが、例の全共闘時代だったので、学園紛争に巻き込まれて江古田高校は廃校になった…。先輩として、小倉君たちにはなんと謝罪したらいいのか…、というボクの青春があるけれど、小倉君はそんなボクの青春時代の2分の1程度は知っているはず。それほどあの頃は仲間たちと様々なことをしていた…。
お金がなかったけれど、大学の機材である18ミリカメラ撮影機で映画を創った。スタジオはすべて学校の設備だ。音響は放送学科の仲間で、音楽はもちろん音楽学科の演奏家たちだった…。
芝居はシェイクスピアの戯曲ばかり狙い撃ちして演出したり…。お金がなかったから食事はせず、100円玉があれば文芸座で映画が見られた…。

バイト料が入ると、みんなで食事に行って騒ぐ。渋谷の自宅には戻らず、オナゴと生活をしていたし…。とにかく、なにをしていたのか、思い返すとゾッとする。世間知らずの青年がただただ懸命に生きた…。人はああいう生活を、きっと、青春、と呼んでくれるのだろうけれど、当事者は心の底から恥ずかしさでいっぱいだ…。

小倉君の事務所でラジオ台本を書く。 自分の台本がラジオ放送されると、おもしろかったけれどそれ以上の感動はわいてこなかった…。

オナゴはボクになにも言わず出て行った。バイト先はテレビ局から撮影所に変わっていた頃だ。そのバイト先にオナゴから厚ぼったい封書が届く…。要するに、さようなら、と書きたかったのだろう…。オナゴはボクとは別れて、サラリーマン編集者と結婚したという。けれど、最近知ったのだが、彼女は「食道がん」で他界した…との報告を聞いた。

若いときからそうだが、ボクは最後の大事な場面になると必ずフられるようになっている。二股を掛けられて、ボクはオナゴから選ばれたためしがなかった…。武蔵美のオナゴも言っていた。その頃のボクは「まさみって友達としては世界一だけど、恋人となると最悪だよね」と。実に明確に言われた。それは、小倉君も知っているし、ボクと一緒にいたあの頃の仲間は全員が知っている…。
フられるたびに、「またですか…」と、呆れられた。

そして、ボクはこんな青春から這い出るつもりで、新聞記者になろうと思った…。
独りよがりの生き方をやめて、世間とともに生きようとおもった。知らない世間を知りたいとも思ったし、知らない人たちと出来るだけ多く出逢いたいとも願った…。いつもいつもおんなじ仲間と、おんなじ話ばかり繰り返している生活をしても自分の成長はないと、はっきりと感じた…。新聞記者ならそれが出来る! と…。

記者生活を始めてから、青春時代の仲間たちとはすっかり縁が切れたようになってしまった。演劇も音楽もなくなって、映画を見る程度になってしまった。渋谷の繁華街から、夜の蝶々が飛び交う銀座に通うことになる…。

あれから…ん10年も経った。ボクが「がん」になったとたん、旧友たちが集まってきた。また、何かを始めたがっているような「殺気」さえ感じてしまう…。相も変わらずみんな、若い。

小倉君はボクの脚本・演出の「ユーガットメール」を知って、「出る!」と言う。
「よし! どんな役でもいいよなッ」と、念を押しておいた。

「坊っちゃんからの手紙」である。
正岡子規と妹・律、その親友が秋山真之。上京して夏目漱石と出会う。10歳年下に与謝野晶子がいた…。全員が明治の「坊っちゃん」であったし、「お嬢様」だった。

写実を俳句に反映させた子規…。思いつくままに…。


柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺

稲の秋 命拾うて もどりけり

君を送りて 思うことあり 蚊帳に泣く

暑い日は 思ひ出せよ ふじの山


e0013640_19442895.jpg懸命に生きた明治の青春群像を、ボクはこの度「描く」ことにしました。
オノコたちとオナゴたちの、痛々しいほど透き通った交友をボクは「明治の歌」と「俳句と和歌」と、そして、いつもの「手紙」で創り出してみますね。

病院で書いているかも…ね。
みんな、見に来てください。ボクの青春を土台にして、明治の若者たちを「描いて」みますから。
小倉君がどんな役を演じるのか…お楽しみに、ね。岡田君との共演があるし、それにほら、そう、恒例の三千代さんの「手紙の朗読」もあるし…。
誰がどんな役回りになっているのか…それを楽しみになさって、何卒、会場までお越し下さいませ。


…まさみ…
by masami-ny55 | 2014-06-19 03:44 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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