GT-R34型 Vスペックとの出逢い

GT-R34型 Vスペックに乗る。

大病をすると人生観に変化が生じるという話をよく聞くけれど、ボクはそうでもない。個人的な変化はなかったけれど、今までの人とのかかわりを整理整頓するいい機会にはなった。

ところで、月並みだけれど、したかったことをしていないことがなかったか…と思い巡らした。
そしたら、「GT-Rを運転したい」と本気で思った。がんの手術がすんだ直後、ベッドに寝たままだが、本気でそう思った…。
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              銀座・日産ギャラリーに飾られた「34型GT-R Mスペック ニュル」

自分はいま病院だ。自由に体を動かせるまで、ひと月はかかるだろう…いや、それ以上になるかも知れない。見舞いに来てくれる人に頼めることでもないし…。
そこで、病院に持ち込んでいたPCを使って、GT-Rに関しておもいつくままあれこれ検索してみた。R34型を運転したかった。そう、日産がまだ経営陣が日本人だったときの最後のスカイラインである。桜井眞一郎さんが手塩にかけて世に出した初代GT-Rから数えて、5代目のGT-Rだ。そして、日本人が設計した最後のスカイラインでもある。それをなんとしても運転したかった…ことに、気がついた。

数日、ベッドの中でネットを動かしていると…。

九州・鹿児島に住む方と「GT-R」に関してメール交換をしはじめた。
その人がボクが大病を乗り越えたことを、大変に喜んでくれた挙げ句、なんとなんと自分が扱っている「GT-R」を海路で東京に無料で日産の東京営業所まで運んでくださる、とまでおっしゃってくれるのだ…。
確かに28万キロも走ったGT-Rなので、そうとう傷だらけのクルマなんだろうと思っていたし、そもそもこんな超破格値で下さるというから、正直GT-Rだけどさほど出来のいいクルマとは期待していなかったのだ。

まあ、乗ってみたいクルマ、ということだけで気軽に待っていた。

そして、5月30日。退院して2ヵ月後のことだった。
九州・鹿児島から約束どおり、日産販売店(ボクが使っている営業所)に「憧れのクルマ」が届いた。ここの営業マンと技術者とはもう二十年のかかわりだ。その営業マンから電話で「まさみさん、届きましたよ。ご覧になりますか?」「今行く!」ボクは愛車の真っ赤なGTターボで日産の営業所へ向かった。

e0013640_23392521.jpgはじめて見た「GT-R」は、輝いていた。ボディーは「ソニックシルバー」、まったくの無傷だ! 手入れが抜群によい。新車のような輝きがある。九州を28万キロを走破したクルマとは、到底思えぬほどの美しいクルマだ。エンジンルームは見事、と言いたくなるほど清潔になっている。直ぐ、運転したかったが、まずは日産のサービスマンたちに足回りはもとより、ファン周辺にミッションなど総点検してもらうことにした…。
              
               34型カタログから「九州・鹿児島から海路で届いたGT-R Vスペック」と同色同型


「1週間の検査入院」を販売店のサービスに頼んだ。
数カ所、交換しなければならない部品が見つかった。特にボクは、サスペンションとミッションに注文をつけて見てもらった…。

完全に回復しては居なかった。
まだ部品が届いていないので交換できない作業も残っていたが、走れるので今日は初めて高速道路で試運転してみることにした。ナンバーも新しくなって、保険の手続きも完了。なので、いても経ったもいられず、まずは走らせてみた。

首都高から東北道を走り、外環から常磐道にも向けてみる…。
なるほど、夢に描いた走り以上だった。実はボク、GT-Rを運転するのは初めてではない。学生時代、友だちが乗っていた初代GT-Rを運転したことがある。あのときは、ただただ、速いなあこのクルマ…という印象だけが強く残っていた。
だが、5代目のGT-Rはカーブでの安定感は信じられないほどだった。これほど安定感のあるクルマをボクは運転したことがない。リスポンスがいい。はしる、曲がる、止まるが、ド明確だ。
いちいちあげていたら切りがないほど、走りは最高だった。

初めての運転は、圧巻だった。安定感といい、重量配分といいさすがは噂のGT-R。いままで乗っていたGTターボとは、まったくもってクルマが違っている。
直進は「ここに行く」と決めたところに瞬時に達する。加速性能はいままでボクが運転した全てのクルマの中で、最高だった。最近は外車を運転していないが、ボクが運転した外車などよりよほどポテンシャルが高い。

とにかく楽しくなってきた…。

さて、誰に「この出逢い」を感謝していいのやら…。夢のような話だ。
こんなことって人生で起きるんですね。
まだ一度もお逢いしたことがない方と、ただのメールと電話だけで、超格安でGT-Rを送ってくださった。
後で知ったことだけど、「エガワ先生」って、大腸がんの権威だったそうです。そんなこと、ボクはまったく知らなかった…。
今回のGT-Rとの出逢いを実現してくれた「鹿児島さん」といい、ボクは多くの人に出逢って生きている。しかも、「鹿児島さん」の奥様(もちろんお逢いしたこともない方ですよ)が、ボクに鹿児島県の「薩摩揚げ」を冷凍で沢山送ってくださったのです。
ありがたいことです。ここまでしてくださるなんて…。

なので、本日。
池袋に行って東京銘菓を買い込んでお礼です。ご主人様にはボクが東京の子供だということと、自分が大好きなお菓子だという理由から「銀座ウエスト」のお菓子詰め合わせとコーヒーパックにしました。奥様には「エディアールのお茶セット」と「ジャム」の詰め合わせです。きっと喜んでいただけると…。
「お金の関係だけでなく、人の関係になりたかったので」といったら「こちらも、ですよ。これからもよろしく!」って、電話でご挨拶できました。

大病から、こんな素敵な出逢いが生まれました。
あしたもまた、GT-Rで都内を走ります。ボクが生きているから…。

そして、我が友よ!
GT-Rに乗りたかったら、貸し出しますぞ!
みんなでこの「夢のクルマ」を運転しましょうよ。


…まさみ…
by masami-ny55 | 2013-06-07 01:54 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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