ガンと闘う!

「2.6 Vスペック 6MT 4WD」
そうです、スカイラインR34型のGT-Rのグレードです。
このクルマを、生きているうちに運転しようと思いました…。

最近、友だちから「ブログを更新せよ」とずいぶん言われました。でも、書くことがついつい暗くなるのではないかと…。そう思うと記事を更新する気になれません。ところが最近、身の回りが動き出しました。それに連れて、自分も生きている実感が以前よりはるかに感じ取れるのです…。

いやいや、大袈裟ではありません、ほんとうに生きている実感を以前よりも強く感じます。
今年、ガンの手術をしました。「直腸ガン」でした。ご承知のとおり(ボクは知らなかったのですが)、腸ガンは他の臓器に転移するという厄介な特質があります。ボクは検査の結果「肝臓ガン」のかなり進んだ状態でした。直腸ガンを手術して削除したからあとは回復するだけ…という状態ではなかった。まだ、「肝臓ガン」が残っているからです。
直腸ガンの手術は2時間30分程度で終わりました。3時間以上かかるはずの手術なのですが、先生に言わせるとなんでもボクの体は筋肉質だそうで、余分な脂肪分がほとんどない体だったので、手術しやすい体だったそうです。その後、「抗がん剤治療」のため、カテーテルを埋める手術は部分麻酔でしたがこれがもの凄く痛かった…。先生ったら「まあ、歯医者さんの麻酔みたいにチクッとする程度」と言ってましたがとんでもない。とくに筋肉質の人は痛みが強いそうです。まったく、先に行ってくれればいいのに。

ガンと診断されたのは、今年2月はじめ。
去年、韓国に行きはじめた頃からどうもヘン…と、感じてはいたのですが、その内直るだろうと。でも、周りの人たち、ともだちは「おかしい、大丈夫なの?」と、感じていたようでした。

大学病院で検査してもらおうと、行ってみたのですがまったく相手にしてくれません。
で、昔通ったことがある街の病院に行ってみました。そしたら、いきなり先生がマジな顔つきになって看護婦さんもいろいろとメモを書いて…慌ただしい。「来週検査しますが、来られますか?」

で、検査の日。「直腸ガン」と診断され、その場で入院。内科から外科に移動です。
先生は実にアッケラカンとして、「直腸ガンなので、明日は体を全部検査します」と言う。翌日検査したら「肝臓ガン」です。それも「5,6センチの固まりが4,5個ありますね」と言うけど、何のことやら当時のボクはガンの知識がないのでまったくわからない…。
付き添いに来た人がおそるおそる先生に「余命は…」と訊ねたら「余命? 半年かなあ…10年前ならねッ」なんて、ご冗談まで言うのですよ。ほんと、アッケラカンとしてました。ボクはこの先生のことは初対面で気に入ってました。なんか、安心するのですよ、この先生といると。声が巨人軍・江川投手にそっくり。なので、「エガワ先生」ってあだ名をつけちゃったら、「それって、誉められてるのかなあ…」なんて、テレるのです、楽しい先生でしょ。

さらにビックリしたのは、なんとなんとボクのいる病院は天皇陛下を手術した順天堂病院の直系の病院だったのです。

エガワ先生も順天堂病院から来ています…。こんな凄腕なのに、淡々と語るエガワ先生。この出逢いはまさしく、ラッキーというか…。まあ、ボクの命の恩人には違いないのです。
なので韓国に行ったときは、かかさずお土産を買い込んで来ます。看護婦さんもみんな顔なじみです。まあ、ひと月以上もいれば仲良くなります…。
先日は「肝臓ガン」のスキャンの結果をデータとしてCDに焼き込んでくれて「どうぞ、あげますからご自分で見てください」だって。

あれだけデカかったがん細胞が、僅か3ヵ月でものスゴく小さくなっていました。「抗がん剤の新薬」は高価ですが、どうやら「まさみさんの体には合うみたいですねぇ」とエガワ先生は言ってくれました。

ガンになったおかげで、友だちとの関係がド明確になりました。
病気になったボクを心配してくれる人と…。ミサキ夫婦とか、オカダ君たちは病院に来てくれました。
「泣くなよ、生きてるんだから」って言ってやりました。

ガンに対して日本人は(というボクもそうでしたが)必要以上に心配しすぎます。或いは、その話題からされようとする傾向があります。ガンに対する偏見は捨てましょう。恐がらず、生きていることを実感しましょう。そして、先生と相談しながら(相談してくれる先生と出会うこと)治療すればいいのです。
ボクも心が折れそうなときはありましたが、生きていることが実感できたから、ガンとメンと迎えたンタムトム思います。


昨年、韓国で「授業」が出来たことは、日本に帰ってからいろいろ考えるきっかけになりました。
今年、ガン治療をしながら考える時間がボクに与えられました。いままでに加えてまたひとつ、ビジョンが描けました。生きているうちにしたいこと(ビジョン)を入院中にあれこれ考えました。そのひとつが、韓国の青年と日本の青年たちとの架け橋になろうッ、てね。そして、中国の青年たちとも…欧米の専念たちとも…とビジョンは広がります。

個人的には、生きているうちにこの際、Rを走らせよう、と。
34型のGT-Rはなかなか入手困難でした。でも、九州の方と知り合い、その方が見つけてくれました。

いま、「2.6 Vスペック 6MT 4WD」は九州から船に乗せられて、海路で東京の日産営業所に向かっているそうです。

ボクの父は土建屋でした。ボク運転は父親に似ています。それはそうだと思います、物心が付いたときには、父が運転するダンプ、乗用車、トラックに乗っていましたから。父の運転の仕方がそのまま伝授されたようなものです。そして、久々に「手こぎのクルマ」です。踏んづければ走るクルマとは大違い。シフトの切り替えはきっと、父と同じ形だろうと思ってます。
Rは、固めに創られたクルマ。かなり運転している実感があるはず。その実感は、運転する責任感を感じさせます。
まるで、生きているこの人生のように…。


…まさみ…
by masami-ny55 | 2013-05-21 01:53 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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