手紙の言葉たち

たしか、遠藤周作だったと思う…。
吉行淳之介との対談で、文学の目覚めはいつ頃か、という話になり、遠藤が「それはラブレターを書いたときだよ」と答えていた。何日も費やして書き上げたが、結局は投函せずに終わった、というオチで、話題は他に移った。

ここで、最近の日本文学は何処へ行っちゃったんだろうか…的考察をするのではない。
もはやその考察をするのは、あまりにも空しすぎるのでやめておこう。

e0013640_1252978.jpgそんなこ難しい話ではなくて、今日の話題は「ラブレター」である。
「ラブレター」とか「恋文」
この言葉はいまや死語に近く、滅多に耳にしなくなった。

形容詞も動詞も、そして名詞も同じことだが、「使わなくなった単語」つまり「死語」というのは、社会環境と一致している。死語になった名詞は、すでにその社会では「存在感」がなくなったという意味である。だから、使わない。
「ラブレター」は、現代社会ではその存在感がないのである。要するに、ラブレターを書く人たちがいなくなったということなのだ。歓迎すべきか、落胆すべき現象かの判断は読者諸氏にお任せするとして、筆者としては甚だ淋しい。

ボクがまだ高校生に成り立ての頃。
異性に関心を寄せてしまう自分の心が、汚らわしく感じた。悪いことをはじめる人間になったのかと、自分に嫌悪感さえ感じたものだった。だから、異性と話したくなかった。どうしても話さなければならないときは、相手を見ないよう心掛けた。清らかな水が濁ってしまうような恐れさえあった。
だが、そう言う心の変貌と葛藤は「成長」なのだということを、友だちとの雑談から知ることになる。
異性に心を奪われることは、自分だけではないんだ、と言うことも知った。そして、それは、健全な心の動きなのだと、理解が難しかったが、なんとか理解できたのもあの頃だった。
あの頃は、中学生から始めたトランペットを吹いて得意になっていた。デキシーを吹いたり…。
しかし、楽しみは音楽ばかりではなくなってきた。現代国語の授業に大変な興味を示し始めた。
漢字のおもしろさ、形容詞の使い方に動詞の自由な動かし方、言い方。言葉の組み合わせと物語の構成の仕方…。難しい漢字を覚えると、偉くなった気がしたのもこの頃である。
中島敦の作風と出会い、梶井基次郎の文体にも共感した。戯曲を読んで、それを暗唱するのもあの頃の楽しみだった。使っている言葉の増大を実感できた時期だった。


e0013640_1481588.jpg次第に、自分でも何かを書きたくなった…
詩を綴ってみた。
で、「ラブレター」も書いた。渋谷の道玄坂商店街にある下駄屋の娘宛である。
数日、費やした。下書きは…覚えていないが、便箋を何冊も買い込んだことは覚えている。それを、すべて使い果たした。
コーヒーを飲むようになったのも、この頃だ。タバコは高校時代から吸っていたが、むろん学校ではそんなことはしない。自宅で、こっそり…だったが、両親は知っていて、黙認していた。
その「ラブレター」の返事は来なかった。しかし、書き上げて、投函できただけでホッとした。胸のつかえが取れたような気分がした。

下駄屋の娘に書くために、詩集を読みあさった。とくに、フランス文学はあの場合、とてもよい参考書になったことをいまでも忘れない…。フランス文学には、大変お世話になった。


さて。
こんなことを、最近感じている。それは、感情言語が乏しい、と言うことだ。
人が感じたくない感じ、反対に、人が感じたい感じにはどんな言葉があるか、と質問しても、答えてくれないのである。
言いたくないのではなく、ほんとに知らないのである。


言葉を知らなければ、物語は読めない。日本の若者なのに、これでは日本文学を読むことも出来なくなってしまう。

まあまあ、そこは許せるとしても、自分の心を言葉で表現できなくなることがボクには恐ろしいのだ。
貧弱な言葉だけで、会話を処置する。報告と反応だけの言葉で間に合ってしまう現代会話。
キレルだの、ムカツクだのと、この程度で「怒り」を表現しようとする。「挫折感」や「哀れみ」、「懐かしさ」や「ふくよか」…という言葉を知らないままでいる。だから、現代会話では使うことはない。
悲しいではないか。


e0013640_1445859.jpg本を読む時間がなければ、せめて映画を見ることをおすすめしたい。或いは、舞台演劇を見に行ったらどうだろうか。そして、その帰りにはお茶でもして、感想を述べあってみたらどうだろうか。
渇いた心に少しでも潤いが戻ってくるというものだ。

そして、誰かと「文通」をしてみるといい。会うことのない人と、E-mail をしよう。
社会性をもって、言葉を選んで、個性的に。きっと、楽しくなってくるはずだから…

言葉こそ、人間の持つたったひとつの「お宝」だ。
この宝物は、お金や財産とは違う。財産は使うたびに減っていくけれど、言葉という宝物は、使わないと、減ってしまう。
「言葉」は覚えて、仕舞い込んでしまったら消えていくもの。

「言葉」とは、使えば使うほど、その人の人生は豊かになっていく…



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…まさみ…
by masami-ny55 | 2005-11-25 01:34 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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