渋谷の時間

今日、2013年(平成25年)、成人の日だ。
東京は大雪になった。

昨夜も、蒲団に入ってDVDを見たまま眠ってしまった…。このアパートは日が射さないから、朝起きても天候がわからない。いつものように珈琲を入れて洗顔。出来上がった珈琲をマグに注いでPCをオン…。その時だ、窓の外で「ドカッ」と何かが落ちた音が響く。こわごわ外を見たら、なにか白い固まりが落下した様子。
気になったから、玄関のドアをあけてみるといきなり寒風が吹き込んできた。眠気まじりのほった体は突然の寒風にあって、一瞬で目が覚めた…。外界は都会ッ子のボクは滅多に見たことがない「白い世界」に様変わりしていた。
こりゃあ、寒いわけだ…。

雪だった。東京では珍しい大雪である。テレビのニュースで、「今夜まで降り続く」と予想している。これではクルマも動かせない。
せっかくの成人式もこの雪では大変だったろうに…。

実は、昨日も渋谷に出た。ズボンの裾を直すために、渋谷に行った。この天候を見て「昨日行っておいてよかった」と思った。
一昨日「ライオン」でクラシックを聴いた後、ぶらりと道玄坂を下って東急本店側に下りた。そこで「H&M」があったから覗いてみた。結局、何点か購入した。ズボンの裾はこの店では直してくれない。パルコまで行かないとダメだという。不便な店だねぇ、と思ったが仕方がない。

お陰様で昨日もまた渋谷へ。
パルコに駐車して裾の直しをしたが、出来上がりは5時だという。時間があるので、道玄坂あたりで時間つぶしでもしよう。
すると、目に留まったのが「カレー屋」の看板だった。なんとまあ、無くなったと思った「カレー屋」が移転していたのだ。道玄坂のビル地下に移転している。なので、まずはここで。店内、というよりカウンター席が並んび、奥に2つのテーブルがある。こじんまりとした店になっている。
味は…「???」の連続。お値段は「やさしい」のだが、肝心のお味はすでに「あのカレー」ではなかった。屋号だけが残り、「あの味」は残念だが、消えていた。

店を出て、階段を上がろうとしたら、目の前に懐かしい喫茶店があるではないか。
「喫茶トップ」だ!
e0013640_105418.jpg渋谷を地元にする喫茶店である。創業してかれこれ、50年以上は経っていると思うが…。
あの頃の喫茶店とは、俗に言う「純喫茶」のことで、店内は豪華絢爛。酒類は置かないが喫煙は当然という喫茶店がはやりだった。しかし、この「トップ」は開店以来ガラス張りで明るく、観葉植物が窓際にある程度で「純喫茶」の店内よりもずっとさっぱりとしたインテリア。ドリップ式珈琲が売りだ。当時は斬新なインテリアに見えて、清潔感が人目を引いた。入ってみたら、現在でも、あの当時とよく似ていた。
この店は渋谷ッ子なら、知らない子はいない。正真正銘、珈琲の味だけを楽しむ目的のお店。あとは、待ち合わせにも使えたな。懐かしく、ここでしばらく時間潰しをすることにした…。
お客もおしゃべりに夢中だが、けっして近所迷惑な声量は出さない。これが渋谷の喫茶マナーだから。ひとりで新聞を読む人、人待ち風の人。あいかわらずの雰囲気だ。

そう言えば…と、トップの珈琲を飲みながら、昔かよった喫茶店を想い出してみた…どれだけ想い出せるだろうか、と。


…     …     …      …       …
昭和30年代、道玄坂の途中にあった「百軒店」の入り口。
上の映画看板に今村昌平監督作品
「にっぽん昆虫記」が輝く
…     …     …     …          …


そもそも喫茶店に通い始めた理由はなんだったか?
ボクの場合、音楽が好きで、レコードを聞いているときにどうしても「茶」が欲しくなる。
なので、ついつい珈琲が友だちになった。それと、タバコだ。

現在では珈琲豆は手頃な値段で、しかも種類も豊富で簡単に手に入るが、当時は高価だった。学生の身分で、焙煎した珈琲豆を買って、それを専用の器具で粉にして、さらにサイフォンもしくはメリタのドリップ器具と専用の濾過紙を買い込み、不慣れな手つきで入れる…と、想像しただけで、出費もかかり、第一おいしく完成出来る自信はない。なので、喫茶店で珈琲を飲んでいる方がいい。
ただ、どうせ行く店なら居心地のいい店がいい、という選択が働く。特に学生時代はさほど資金がないから、長時間居られるか否かと、珈琲料金のバランスが大事なポイントになった。
で、結局は「ジャズ専門店」とか「クラシック専門店」にはひとり、または音楽好きの友だちと行く。待ち合わせには、おしゃべりが存分にできる「純喫茶」になる…という区別が出来上がっていた。学生時代、原稿はどこでも書いた。ジャズ喫茶でも純喫茶でも、ボクはどこでも書けた。卒論は学校の近くの喫茶店を使った。

神保町は学生時代ずいぶんと世話になった。およそ60年前の昭和30年に創業した「さぼうる」という喫茶店は学生時代、たまには行ったが、好んで行ったのは、「伯剌西爾(ブラジル)」だ。長時間いられたからだ。ここはいまでも行っている。

新宿に「名曲喫茶らんぶる」がある。ここは、渋谷の「ライオン」に比べたら流れている音楽はBGM扱い。店内は豪華この上ない。「純喫茶」ファンなら一度は覗いてみるといい。なにせ、昭和25年の創業、堂々の64年の伝統を誇る新宿の老舗喫茶だ。観光スポットにしてもいいとさえ思う。でも、ボクは学生時代この店に行くことはなく、新宿はもっぱら「ジャズ喫茶」を選んでいた。

新宿と言えば、「歌声喫茶」に行ったことがある。オナゴが「行こうよ、行こうよ」とうるさく誘ったのを想い出す…。新宿西武線駅近くあったと記憶しているが、屋号は忘れた。ちっちゃな歌詞ブックを渡されたのを覚えているが、みんなで珈琲を飲みながら歌う…。ボクはヤダった。

浅草に「アンヂェラス」があるが、喫茶なら浅草公会堂近くの「ロイヤル」がいいだろう。
ここも、古くなった。開店して今年で55,6年が経つだろうが店内はさほど変わらない。浅草の芸人たちが目立ち、下町らしい気配りをしながら話を続ける。そんな雰囲気がボクの好みに合う。お変わりは半額程度で済むし。
現代は「喫茶店」がなかなか見つからない。「カフェ」と呼ぶらしいが、店内にはほとんど置物は無く、壁は黒色だったり、現代風のデザインした絵が描かれ、丸いテーブルが多い。ひとりネットを楽しむ客が目立つ。人が多く、声がなく、BGMもない。人は「こじゃれた店」というけれどボクは「どこに洒落ッ気があるか」と疑いたくなる。あのセルフサービスなるシステムは「純喫茶育ち」の渋谷ッ子であるボクには邪道だと思える。人が使った汚れたテーブルをそのままにして、客に拭き取らせるのは我慢ならない。しかも、口直しの水さえくれない。テーブルは木製みたいだが、木製ではない。テーブルクロスなどかかっている「カフェ」など、いまだに見たこともない。飲み終えたカップを片付ける場所は、店によっては小さく。汚れたままのカップが勝手な方向を向いて倒れたままにしてある。灰皿も混じっている。ベタベタして、小汚い。トイレが極端に狭く、水気が多い。店員がチェックする掃除した時間カードがぶら下がっていたりする。サービス、とイングリッシュで語れば現代的なのだろうが、「茶場」の本来の目的である「珈琲を楽しみ、友と語る」場所ではなさそうである。店員の入れ替えも目立つ。人件費がどうのと、いうのなら喫茶店など経営して欲しくない。なにか、経済至上主義すぎはしないか。現代の「カフェ」なる店は、どこか味気ない。むしろ、ボクの学生時代の方が洒落っ気のある個性豊かな喫茶店が多かったと思うが、いかがなものか。

と、いろいろと想い出した頃、時間が経って出来上がったズボンを受取に向かった。
渋谷の子が大きくなって、いま「H&M」の新作を着る。

時間が経って変わっていくモノと、時間が経っても変わらずに残っていくモノがあった。
e0013640_0554849.jpg

(渋谷駅前を俯瞰撮影/昭和30年代。左下隅に「ハチ公」、大きな交差点は現在スクランブルに。中央上に伸びた道はこの頃「大向小学校」へ、現在は「東急本店」へ)


…まさみ…
by masami-ny55 | 2013-01-14 18:54 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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