伝統と現代 -いまの時-

6月、期待が大きかっただけに、がっくりきた…。期待通りにならないのが我が人生…か、と嘆いても仕方ない。
自分のやっている「授業」が海外でも通用する、という現実だけがうれしい。そして、ここまで支えてくれた仲間たちの励ましや、協力がうれしい…。夢は途切れずに残った…と思っている。今後の授業についての反省材料もあげてみるゆとりも出てきた。やはり、日本と同じように、社会人に参加してもらうべきなのだろう…。

さて、緊張が続いたここしばらくの韓国生活から自分を解放したいと思い、カンアンリを抜け出したくなった。ソウルのテハンノに行ってみたいなあ…と。そう思うと「学林」の珈琲の香りが恋しくなった…。

さっそく、釜山駅へ。KTXの往復がこの日に限って簡単に希望通りとれた。

8月公演の台本が気になっている…。途中でとまったまま…だ。
本来なら6月の韓国での仕事の前には初稿を脱稿すべきだったが、韓国での授業、という未体験が自分の意識を他に譲らない。気にはなっているけれど、それよりこっちが肝心、ともうひとりの自分のことばが強く自分を占領していた。
そんな意識から解放したとたん、「台本!」の声がする…。

せっかくソウルに行くのだから、8月公演の参考になるかもしれないと、韓国オリジナルのミュージカルを見よう、と漠然としたプランがゆりかごになってKTXでうたた寝からさめない…。

テハンノには6時頃着いた。地下鉄で向かった。地下鉄恵化駅3番出口から地上に出て、左に30秒ほど歩けば、そこが「学林」だ。釜山で使っていた電子カードがそのまま使えたのはありがたい。もっとも、公共料金は日本のそれと比較したら圧倒的に日本は高すぎる。世界的にも日本は公共料金が高額すぎて、外国人には観光意欲を低下させ、住みにくい国との印象があるのではないか。交通機関の運賃はアメリカのそれと比較しても高額すぎる。

テハンノは小劇団から大劇場までざっと30ほどはあると思う。おびただしいほど大小の小屋が並んでいる。こんなに狭い区域にコンビニの数どころではない。実に多い。
大通りを渡ってマロニエ公園あたりをうろつくと、チラシを持った青年たちが必ず話しかけてくる。要は、劇場の呼び込みだ。なかには、日本語が出来て、芝居に詳しい青年と会うこともあるが…。とにかく、どこで何をしているのか知らないままここに来たのだから、まずはテハンノの劇場案内所を訪ねた。ここは前回、初のソウル入りの時知った施設だ。

パンフをもらう。ジャンル別に分かれてあったがテハンノ地域を中心にして、その近辺にはさらにまた芝居小屋が点在する。具体的に何がみたいかを決めておかないと小屋を探せない。テハンノの案内所から近い劇場を探した。だが近くにはさほどみたいと思う芝居が見当たらない。悪くはないが、よくもない。
結局、韓国のお国柄らしきミュージカルを見ることにして、テハンノから出て、タクシーで5分程度の近場に移動して、お目当ての劇場に向かう。

劇場は大学構内にあった。
成均館(ソンギャングァン)大学(テハッキョ)という。韓国ドラマがお好きな方なら、それって「成均館スキャンダルの、あの成均館?」と思われたことでしょう。正解です。韓国で最古の大学「成均館大学」の前身を舞台にしたドラマです。大学構内に置かれた石碑には、堂々と創立600年周年と重々しく刻まれています。

とにかく豪華なキャンパスに圧倒される。森の散歩でもするのか、と思う。この大学は国大ではありません。私大です。芸術学部もあるそうですが、我が母校とは違って、美術学科と演劇学科に匹敵する学科はありそうですが、それ以外の創作学科はなさそうでした。
例によって、急な坂道が長々しく続く。自分の通った学校はこれほどの広さはない。いや、日本の大学でこんなに広々した大学はない、と断言していい。広さは、ものすごい。
スタジオも教室も研究室もすぐ近所。それが学校だ、と思っていたから、なぜ韓国の大学ってこれほど広いのか…と、不思議な感覚になる。

劇場は構内にある「新青年ホール」だった。タイトルは「泣くな トンツ」。韓国のイ・テソク神父さんがアフリカスーダンの小さな村トンズにわたって現地の人々との生活を綴った物語…と言っても韓国で知らない人はいないほど有名な実話。それを元にした音楽劇だった。
正統派の本格的な音楽劇で、韓国のお国柄を感じる演出だった…。

こういう本格的な舞台を見終わると、ボクは無性に燃えてくる。自分の台本が止まっていたけれど、もう一度工夫してみる気が起きる…。

翌朝、ソウルは雨になっていた。
お昼になったら「韓国の家」で混ぜご飯を食べようと思った。
散々、韓国料理を食べているがこの館の食事と建物には東京にいたときからなんとなく気になっていた。韓国旅行サイトだったか、韓国語のサイトだったか…とにかく「韓国の家」の写真が記憶に残っている。

混ぜご飯の本場・全州で食べているとは言え、其れとは別にここでも混ぜご飯を食べてみたかった。庶民的な全州とは違って、ソウルのここはお値段がけっこういい。ふだん、予約が必要と聞いてはいるが、今日は大雨。どうせ空いているだろう、ダメならお館だけ拝見して素直に帰ってくればそれでいい程度の気軽さで向かった。
予想通り。ふだんはこんなことをしてもダメなのだが、手間の掛かりそうな韓定食が観光客が目当てにしている食事だが、ボクは混ぜご飯を希望したせいだろうか、席をすぐに用意してくれた。

待ち時間、館の中庭へ。館の名前は「海隣館」と言う。石盤が敷かれた雨の中庭を歩く。
土の香りが届く…。そして、海隣館の全ての柱に掛かっている「柱聯」を読んでみると…。

唐詩に、

粧内存知己天涯如比隣

と、あるのだそうだ。意味合いとしては、
「全世界に知己いるので天のように遙か遠い処に住んでいる人でも比隣、すなわち隣の人のように情義が厚い」
ということだ。

「海隣」は、「海内比隣」の略。
この館の圧巻は全ての木柱には、「柱聯」が掛かっていることだろう。見事、と言うには失礼すぎるほど美しい。純白色の施しに、天の青をイメージしてか、青墨で漢詩が記してある。
韓国ではすでに「漢字文化」は消え、いまはハングル文字だけになっている…と思っていたけれど、これほどの漢詩を堂々と柱聯にしていたことに妙にうれしく、中国から朝鮮半島を経て大和に伝わった「漢字」という「コンピュータ」が時空を超えて、ここ海隣館の柱に掲げてあった。うれしくなった。
パーカーのフードを被って、雨が強く降る中庭に立ち、しげしげと柱聯を読んでいた…。すると、である。奇跡が起きた!

韓国礼服を着た受付の女性がボクを雨から護るように大きな傘を運んでくれた。色白でぽっちゃりした大変な美女なのだ!
さらには、美女さんはボクに一冊の本を譲ってくれた。なんとなんと、いただいた本は「日本語」で記された「海隣館」のガイドブック。豪華なカラー写真付きの解説書ではないか!
「柱聯」が全文書いてあった! 幸運だ。
韓国「海隣館」の美女さんからいただいた「漢字の本」。これはもう、まさしくボクには「宝物」になりました、ハイ。


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明月満席凉露湿 碧天如降河遙
簾紋坐対中宵月 硯緑飛来幾処峰
胸中自足氤氳味 海内只思磊落人
風雨天従秋後碧 悲嗔眼到酒中清

万国悌航馳玉帛 天家門第動歌鐘
視履考祥其旋元吉 清明在躬気志如神
大河喬嶽蓄洩雲雨 渾金璞玉輝映山川
水流花開得大自在 風清月朗是上乗禅
緑陰如水鶯声滑 芳草和烟燕影疎

膝上古琴経爨後 匣中秋水発硎新
翰墨香坫蘭臭味 茶梅影峭月精神
花間繋馬春風遠 酒後登楼好月来

…と、まだまだ続く。



中庭から廊下に入って、食堂に案内された。部屋は「蓬莱室」という。
BGMがかすかに聞こえてくる。「伽耶琴(カヤグン)」のかすかな音が蓬莱室全体ををやさしく包んでいる。現代的ムードは一切ないし、外の雨音もすでに届かない。
ボク以外、三人組、二人組の客が食卓に向かっているだけ。韓国にしては珍しく、彼らの口数も少ない。心細くなった。静か…、だ。
広々とした部屋はここ以外にもあるが、団体客、家族などの部屋に使っているのだろう。

食事が並ぶまで先ほどの本を開いてみた。
さて。
混ぜご飯が届くまえに、例によって「前菜の小皿」が並んだ。
「んッ…」
目を奪われた。それは「キムチ」なのだが…。小鉢に入っているキムチの切れ跡だ。スパッと切れて、野菜の柔らかさがまったく型崩れしていないではないか。新陰流・柳生石舟斎のひと太刀さえ連想するほどの斬り跡である。薄紫のワインを思わせる透明感のある小鉢には、細長く切った大根か蕪か…が、彩り鮮やかに浮いている。これもまた、切れ跡が見事…。中国、韓国の食と言えば、これはもう「粥」が伝統。ここでもそれが運ばれてきた…。純白の粥だ…。お米と…なにかが混じってのお粥であるには違いない…が、なにが混じってこの香ばしさが作られたのかは知らない。美味、この上ない。

まあ、要するにいちいち感動していたわけである…。
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混ぜご飯は全部食べられなかったから、残した。
そもそも、これほど緊張感のある環境ではがつがつと不作法に食べられるわけがない。
こんなに美しい配列をした食器と食材の自然な色をそのまま残した職人芸の料理法。それを伝統音楽・伽耶琴の調べを耳にしながら、しかも静かに食べるのはボクには困難極まりない。ご飯が喉を通らないのです。
粗雑な自分を恥じる…。

今度来るときは、東京の悪童たちと賑やかなオナゴたちも連れだって来た方がよかろう…かと思った。


…まさみ…

※注 「柱聯」=壁面または柱などに左右一対にしてかけて飾りとする細長い書画の板。〔漢詩の〕律詩の対句(ツイク)。聯句(レンク)。
by masami-ny55 | 2012-07-08 11:42 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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