再び釜山

二度目の韓国・釜山です。22日から来て28日に東京に戻ります。
前回とは全く違って観光気分は一掃、現地の人たちと同様の生活をしています。お風呂屋さんに行ったり、スーパーで日用雑貨を買ったり、食堂で食べたり…と。
仕事中心のスケジュールの毎日が続きます。もっともまだまだ韓国語はできないので、ブタ先生がいないと何もできませんが…。
仕事のやり方は日本にいるときとすこしも変わりはありません。人と会って話をして…。その連続です。

仕事のやり方は少しも変わりないのですが、話す相手の姿勢が違います。
相手をするのは韓国の青年ですから、ボクは韓国の青春像を前もって取材しておく必要がありました。ちょっとした文化論的な話題も教えていただきました。

日本の青年たちと彼らと明らかに違う点は、彼らは「兵役経験者」であるということです。韓国はご承知の通り、兵役が義務づけられています。このことはずいぶん前にこのブログで紹介しましたが、現実にボク自身が韓国に行くことになるとはあの当時思ってもいなかったので、あの程度の内容にとどまってしまいました。しかし、現に彼らと会って話してみると、この「体験の違い」はとても理解出るものではありません。もし、この環境が日本に起きたら…。

19歳から29歳まで、青春ど真ん中に2年間程度の「兵役義務」を過ごさなければなりません。家族と離れ、友達と別れて、恋人とは離れて生活する兵役生活。
78000ウォン~10万ウォン程度(日本円に換算すれば5千円程度でしょうが)の月給が支給されますが、日本でいえば高校生、いや中学生のお小遣い程度ではないでしょうか。休暇の交通費に使うか、軍隊内のコンビニでお菓子でも買うかで消えてしまいます。人間が個人としてもっもとデリケートなときに、規律主義のなかに身を置いた集団生活をするのです。
果たしてそれがいいかの是非論は他人様に譲りますがボクは兵役後の青年たちと話をして、一人として不快感を抱いた青年はいない、ということ。韓国内で教育を受けた韓国青年たちと話をすると、ボクはとても後味がいいのです。「あいつらとまたあいたいなあ…」という気持ちで心がいっぱいになるんです。
話す場所が焼き肉屋さんでもカフェでも、彼らはいったん箸(手)を休めて両手を膝に起き、姿勢を正します。ボクが話し終わるまで、決して口出ししません。まずはじっくりと聞きます。このリズムを体験したからボクは食事中は雑談することを覚えました。食事が済んでから場所を変えて本題に移る、というリズム感覚が彼らと話ができることを知りました。

「質問は?」
と、ボクが訊ねると、はじめて自分の疑問点などをはなしはじめます。しかも、具体的で簡潔に聞いてきます。ですから、こちらも大変に答えやすい。自分が置かれている環境も彼らは話しますが、自己責任を持って話します。いいわけがましい、まどろっこしい話し方は彼らとの対話にはありません。
しかも、彼らは理解したことだけ自分を留めておきません。納得したがります。どういうことかというと、日本の青年の多くは、「わかりました」は、けっして「やります」ではないのです。
しかし、韓国の青年が「わかりました」と口にすると、納得の表情を浮かべます。理解したとたん、その事項に対してコミットします。「する」になっています。
お互いの問題や障害その場で解決しようとする話し方をするのです。努力してくれるのです。それでも決まらないときはお互いに問題点を持ち帰って「宿題」になります。
日本の青年の多くは「宿題」をしてくれません。しかし、彼らは違っていました。
「宿題」の答えを、電話でくれます。けっして、メールなどでごまかしません。ど明確に「出た答え」を自分の言葉で必死になって(たどたどしい日本語で)伝えてきます…。こんな生徒を相手にしていたら、何とかしてあげたくなりませんか?
かわいくてしかたない、ですよ、こいつらったら。

もちろん彼らはメールも使います。不慣れな日本語をキーボードで追いかけたのでしょう、会って食事をして話した、たったそれだけのことを「感謝している」と書き込んでくるのです…。こんな青年たちといたら、なんとかしてあげたい気持ちになるのはけっしてボクだけではないと思う…。

いつだったか、バスに乗ってボクのお気に入りのナンポドンから帰って来たときのことです。空席がありましたから座ろうとしましたが、若者カップルがいたので彼らに座らせてあげました。で、下車したときです。ブタ先生から「まさみさん、全然わかってない! なんであんなことをしましたか? 彼らの身になってください。自分よりも年上の方に席を譲れなかったことで彼らは心を痛めたんですよ、わかりますか? 公衆の中で彼らをつらい気持ちにさせたんですよ。彼らは年配に対して席を譲ることは当たり前のことです。それをさせてあげてください。ああいうときには、必ず譲ってもらってください。わかりましたか?! ここはニューヨークじゃないんです!」と、道路に立たされたまま、散々お小言を言われました。現に、その前の日のこと。ボクは青年から席を譲ってもらいました。ブタ先生が「まさみさんがトシヨリだからですよ」って、笑ったので「トシヨリ扱いされたのか?」とムッとしました。でもそれはブタ先生のジョークだったのですが、真に受けたボクがアホでした。
自分より年配の人に対する韓国青年の気配りは徹底しています。たとえ観光客であっても、これだけは「韓国旅行の常識」として日本人は知るべきです。

釜山大学に行く途中、走っている電車の中で日用雑貨を販売している人や、ものごいのチラシを配る人や…その都度、ブタ先生の「講義」を聞きました。

ただ、ちと、韓国料理には飽きました。せめてスパゲティとか、パン食がもう少し普通の料金であればいいのですが…。ちと、お高い、かも…。パンの味ももうすこしなんとかしてくれないか、と。「有名ドーナツ」は、ここではうまくないです。ナンポドンの「ほっとく」の方がはるかにおいしい。

そうそう。韓国料理といえば…、昨日のこと。ブタ先生のお宅のすぐ近所に釜山でも大変有名な焼き肉屋さんがあります。なので行ってみました。
大皿には日本の焼き肉屋さんはもとより、新大久保でもでみたことがないほどの立派なブタの切り身が3種類のっています。例によって「おかず」の小皿が食卓をいっぱいにします。ご家族連れで、満席状態です。

隣の席にも、ご家族連れでした。ブタ先生がブタをお食べになるのですが、「?」と悩み顔です。複数の小皿の中にひとつ不思議なものがありました。一見きな粉のようです…。「これ、なんだろう?」
周りの人たちは全員明らかに現地の方々。ボクたちは日本人、すぐにわかります。ブタ先生は10年近く暮らしていますが、彼女とて初体験の連続でしょう…。
そんなボクたちに話しかけてくれたのが、お隣の奥様。きな粉はこうやって食べるのですよ、と。ご主人さんが実際に食べ方を実演。子供さんが、のりの焼き方とおいしく焼いて食べるコツも実演。ブタ先生となにかおしゃべりしています…。

お店の責任者が来て、ボクたちを丁寧にご挨拶してくれました。こんなにたくさん食べて、残しちゃったけど…3000円ていど。ホントかいな…。このお店なら釜山でも有名になるはずだわ、と納得です。日本からみんなが来たら、ボクは知ったかぶってこのお店に連れてきたいと思った。それほどの穴場ですぞ。

どうせ、またここに来ます…。どうせまた、失敗します。どうせまたあのブタ先生からおしかりを被ることでしよう。しかられるたびにボクはここの人たちに近づいている気がして…。遠い国・韓国がいまボクには急接近しています。


…まさみ…
by masami-ny55 | 2012-02-27 11:37 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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