純粋さ

吉行淳之介と出会ったのは、大学一年の晩秋である。

文学には多少なりとも心得があったつもりでいたし、戯曲にも関心が強かった。出来ることなら、上手な文章を綴ってみたいと密かな野心さえあったから、だから、大学はここしようと、早々とひとり決めていた。
他校を受験する気が起きなかった。当時の私の目には、他校の文学部とは、文学研究者育成のように見えて、先々は教師になる人たちが通う学校に思えた。教師になる気は全くない。
ただ、高校生活ではどうしても古典作家に目がくらみがちだ。漱石に鴎外、泉鏡花あたりか。せいぜい、梶井基次郎か中島敦までが当時の高校生には手の届く範囲ではなかろうか。和歌を学びたくなった若者たちは、この先は大学で、と期待していた時代である。

e0013640_456616.jpg私とて、小説好きの仲間とおなじだった。
小説ばかり読んでいるから、親や友だちから「お前、受験勉強は?」と心配されたこともしばしばである。とにかく、物語が好きなのだ。
戯曲に至っては、ハムレットの台詞を覚えて、学級で語って聞かせたこともあった。表現力豊かな言葉、が好きだったのかも…。

川端康成の「伊豆の踊子」に人の純真さを感じて、そっと涙したこともあった。まあ、この物語の読後感は誰でもそうなるが。

そんな頃に、吉行淳之介の名前は出てくるわけがなかった。

誰でもそうだろうが、失恋は痛い。実に、痛い。嫌われて捨てられた、と言う結末ならなんとかなるのだろうが、私の場合は違っていた。
失恋の痛みではなかった。痛みではなく、生活に疲れた寂しさ、とでも言うべきか…。まあ、細かい物語は避けるが、とにかく別れたのである。
どうして、こうなったのか。なんで、純粋に生きられないのか、と腹も立った。

…なんのせいか。

別れてから、二,三週間、部屋に閉じこもって学校へ行く気が起きない。部屋の中で煙草をプカプカ、インスタントコーヒーを飲む。心配になったのか、友だちが来た。部屋に煙草のにおいが染みついて、吐き気がするぞ、と言う。ひどい有様だ。
ようやく、立ち上がって学校に行く。友だちが寄ってきて、どう? などと冷やかす。残念でした、生きてますよ、と憎まれ口で応戦した。
研究室に呼び出され、休んでいた分の原稿を書け、と女性助教授は私に催促する。原稿? なにを書けばいいのか、何でこんなことになったのか…。

e0013640_4564494.jpg学校は当時、私にとっては交友の場であり遊び場だった。たまに、学問をする場所。従って、ワン公よろしく、いつもの散歩道とか行きつけの店をほっつき歩かないと気が収まらなかった…。あのときもそうだった。その場所をふだん通りに歩くことで、まだ生きている不思議な実感が湧いてくる。

で、行きつけの古本屋、である。
ここでは、月遅れの月刊誌を買う。しかし、あの日お目当ての月刊誌はすでになかったから、書棚を眺めてみた。漠然と、である。
すると、白いカバーの背に「なんのせいか」と、文字がある。ペラペラと頁を追いかけてみると、どうやら随筆のようだ。
そう、なんのせいか、…と私も呟いた。

ポケットに手を突っ込んで買えるだけのお金があったのも、何かの縁か…。その日、学食にも立ち寄らず、研究室にも寄らず、まっすぐ自宅に舞い戻った。

随筆で涙したのは、この本が始めである。いや、後にも先にも、これだけである。
いままでの、物語の純粋さに感動した涙ではなかった。人として、共感者との出逢い、とでも言うか。

文学、それはあの頃の私には手の届かない遠いところにあった。人間味と言うより、やや道徳的な存在であり、美と人間性を学ぶ場所だと思い込んでいた。
その価値観を一変したのがこの随筆「なんのせいか」である。
ユーモアにあふれ、生きる実感が伝わってくる。ダメをダメとはっきり言い切り、わからなければわからないと明確に書く。その中には、作家の生きる余裕さえ感じた。そして、恥ずかしくなるほど、文体がやさしい。このやさしさには、まだ出逢ったことがなかった。

誰? この人…
次の日、研究室に行って女性助教授から吉行淳之介さんの作品について知っていることを全部聞き出した。
その先生は「あなたらしい。吉行さんを選ぶとは、ね。今度お茶しよう、話もあるし」
そんなことはどうでもいい。とにかく、彼の私小説を読んでみたい。
その日から、である。文学と人生がひとつになった。遅い気づき、なのだろう。文学に関心のある人たちなら、とっくにそんなことは常識だと、笑い飛ばすだろう。しかし、私は現実の失恋の痛みと文学の精神はひとつであることすら、知らなかったのである。若すぎたのか。
それを教えてくれたのは、私の失恋だった。
そして、その仕上げをしたのが、吉行淳之介との出逢いだった…。

純粋さ。
こんな曖昧なことばを、後生大事に抱えていた自分が青臭い。
愛。e0013640_4571657.jpg
これほど痛々しいものを、宝物のように扱っていた自分が見苦しかった。生きるとは、汚れることだと彼は言い切っていた。私も同感だった。しかし、若さの罪と弁解しておくが、あの頃は汚れまいとしてもがいていた。無理である。生きていれば、人は自分に嘘もつかなければならないときもある。生きていれば、老いていく身体と付き合わなくてはならない。感情は変化するもの。変化するから、継続できる。生きている…。
汚れることを覚悟して…。

最近、純文学が出てこない。どこへ行ったのか…。
最近、歌が出てこない。どこへ行ったのか…。
目立つのは、売れた売れない、の話題ばかりである。

そう言えば、吉行さんの命日は確か今月の、二六日だったが…。

…まさみ…
by masami-ny55 | 2005-07-09 05:02 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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