船場商人と江戸っ子坊ちゃん

先週末の18日、19日の両日。大阪で研修の説明会をしてみた。
ボクにとっては歴史的なことだった…。

ボクのやっている研修は大阪方面の方々には無縁のものだろう、と思い込んでいたからだ。
大阪…。船場と言えば、かつて松下幸之助が奉公した商人の聖地。自分でいうのも妙な話だが、かつて松下幸之助の商魂をテーマにして出版したこともある。
秩序と管理を建前とする関東人の経営に比べて、紀伊国屋文左衛門などがそうであったように関西人は銭に対する根性が違う。だからボクの仕事とは無縁の場所、と長い間思い込んでいた。

ところが、である。今年の夏頃、大阪の青年がひっよこりボクの研修に参加した。大阪人が参加するのは初めてのことだった。その後、「おもろい。是非大阪でやってほしい」と言い出す。そんな簡単には…、と思っていたが、その青年の実母が次の研修に参加した。すると、実母は友達を誘ってくれた。大阪人がわざわざ東京まで来てくれる…。
だったら、と決心して「来年の春頃、大阪でやってみるか!」と告げてみたら、青年とその実母は歓声を上げてくれた。

大阪人とは形のないものには銭は使わない、というのがボクのそれまでの考え方だった。だから、研修などには参加しないだろう、と。ところがその青年がこんなことを言ってくれた。
「確かにわけの分からんもんにお金は使いませんね。ただ、これはいい、と思えば借金してまでやり通しますね。まさみさんの研修はええですよ、間違いない」と、泣けることばをくれたのです。

記者時代、取材でさんざん新幹線で日帰りまでして通った大阪の地。まさか自分の研修が商人の聖地で実施できるとは夢にも思っていなかった。
青年とその実母のお陰である。

さて、久々に大阪に行ったからには…。まずは道頓堀の路地、法善寺横町の水掛お不動さんへ。
そう、織田作之助「夫婦善哉」の舞台である。折角だから友達と「夫婦善哉」を食べた。これを食べるのはもう数10年ぶりだ。ボクがまだ記者時代、それも駆け出しの頃。関西支社に勤務していた女性がここにボクを連れて、「オダサクみたいに…」とまだ二人とも生まれていない昭和14年頃のオダサク物語を話していたことを想い出す…。
船場には活気があった。最近の東京には感じない活気が立ちこめていた。生きる力があった。
心斎橋筋あたりもこの道頓堀も、人たちでごった返している。たこ焼き屋さんの味比べが競い合い、派手で巨大な看板がさらに賑わいをたかめている。

「まさみさんの研修の精神と浪花節はまったく一緒ですわ」
大阪の青年はボクにそういってくれた。
夢のような話だ。まさかこのボクが…。来年の春、ボクは自分の生涯で初めて、関西人のことばたちを意識して、江戸っ子である自分の作品をぶつけてみる。
春が来るのが待ち遠しい。
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…まさみ…
by masami-ny55 | 2010-12-28 11:34 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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