「検索の時代」か…

なんでもかんでも「検索の時代」だ。
教育も経済も、ニュースも。ときには人捜しやモノ探し、挙げ句の果てはショッピングまで「検索」すればすむ便利な時代になった。ひと昔前まで、家族揃って映画館に行くことだけでもけっこうイベントだった。何を着ていくかから始まって、弁当の手配に小遣い銭の心配など。大騒ぎしていたと聞く。でも現代はそんな手間はいらない。手元にPCがあれば座る席の心配などしなくていい。見たい映画がひとりで楽しめる。買い物などは、家具から下着、食品は野菜でも「検索」で間に合う…。

世界中の出来事が瞬時に入手できるし、ちょっとした辞書がわりにもなるサイトも「検索」すれば間に合ってしまう。海外渡航もサイトの「検索」で、航空券が購入できる。
なんでもかんでも「検索の時代」だ。

「検索」した項目を読んでいるとまた新しい疑問がわくので、また「検索」する。ボクはこんなことはよくあることだが、はじめのテーマから脱線してしまうこともしばしばだ。
今日、いつものように調べ物をするので「検索」していたら…。青春時代の自分に出逢ってしまった。青春時代はどんな人にとっても案外「恥ずかしい」ものではないだろうか。韓国ドラマは「初恋」「純粋」「一途」「美の記憶」のようになっているが、実際はけっこう「ズタズタ」であり「焦り」があり「もがき」があって、どこか意地汚かったりするものだ。あるいは「誤解」を置き去りにしたままだったり…。それが現実の青春なのではなかろうか。ひたすら、懸命だっただけの生き方…。

ボクはまさにそういう青春だった。自分がまだ何者であるのかさえ分からずになんでもかんでも全力投球していた。そんな青春ど真ん中でひとりのオナゴと出逢った。ケンカしたり散歩したりオナゴの田舎にも行った…。ある日突然連絡が取れなくなった。探してみたが見つからなかった。その後日、職場に分厚い封筒が届き、長い手紙を読む。それからしばらくしてオナゴの友人から結婚したことを聞く。もちろん会うことはなかったが、それから二,三年後に出版記念会だったか、出席した時、このオナゴが来ていた。だが話すことはしなかった。

そして、今日。「検索」していたら、二十数年後に忘れかけていたオナゴの名前が出てきた。「検索」してみた。すると、二年前に病気で亡くなっていた。若すぎる。
知りたくもない情報を知ってしまう「検索ゲーム」。確かに、好き勝手書き込み、しかも匿名でサイトを書いているズルもいる。そんなサイトは見たくもないが、突然正しい情報を突きつけてくる「検索」は、まさに現代という「時代の魔術」だ。

こういう日も人生にはある。
あの頃、ボクが舞台と映像に関心があったことをオナゴは知らなかったし、オナゴにボクの歌を聞かせたこともなかった。まして台本を書く姿を見せることなどなかった。食いしん坊、と言うことだけは知っていたが。毛糸で帽子を編み上げボクに被らせて笑っていたり、弁当を作って味の感想を自慢げに聞いたり…。韓国ドラマのような「初恋」の透明感などとは無縁だったが、ひたすら懸命に生きていたボクのあの頃を一番よく知っている人がいなくなっていた。当時をふり返ってもどうせ別れるふたりだったが、あの頃オナゴも懸命に生きていた。ボクに負けないほどに…。

…まさみ…
by masami-ny55 | 2010-10-20 01:18 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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