第八話「世界一の美女からの手紙」

すっかりお馴染みになりました。今回もまた相変わらずのカラ舞台です。
前々回からパーカッションが加わったとはいえ、ピアノ1本、ナマ声…のコンセプトは変わりありません。このスタイルを8年間もやり続けてきました。その上、今年の夏は、平日でありながら3回公演ができるまで育ちました。ここまでやってこられたのは、ひとえに皆さまのお陰です。スタッフ並びに出演者一同、深く感謝しております。

さて、今回は「美女」がお話の中心になりました…。
私事で恐縮ですが、オンナ物を書くのは生涯初めてのことでしたから、決定稿まで、連日大汗でした。なかなか自分で納得が出来ません。
とくに、初子がアメリカ人のジニーからお兄さんの伝言を受け取る場面は何度も書き直しました。初子にこの伝言をどう受け取らせたらいいのか、わからないのです。男だったら容易なのでしょうが、女性、しかも思春期から青年になろうとしている初子が…。仕方ありません、初子を演じてもらう林蘭さんに相談です。「あの場面では絶対に自分から手を出せませんよ、オンナとしては」とおっしゃる。さあ、ますます困りました。ボクとしてはなんとしても太平洋を越えた遠い国・アメリカからの手書きの手紙をなんとしても初子に受け取ってもらう必要があります。…考えに考えたあげく、蘭さんとの相談を繰り返したあげく、ようやく完成したのが、このラストシーンです。

稽古中、この場面になると全員がシーンと静まりかえりました。初子を演じる蘭さんは、なんど涙してこの場面を稽古したことか。手渡すジニー役のタリアさんも涙しての熱演が続きます。タリアさんはこの場面がこの物語のヤマ場であることから、ここの台詞には集中して日本語の稽古を重ねていました。異国文化の中で、あれほどデリケートな台詞をこなす為にはタリアさんにとっては大変な努力が必要だったと思います。

ユーガットメール。これをメインタイトルにして、いままで様々な手紙を扱いました。今回は「手紙」と言うより、全て「伝言」を扱ってみました。想いを綴った手紙文ではなく、用件を述べた手紙、言い換えたら「伝言」と言うわけです。娘から母へ、男から女へ、女から男へ、そして娘には、母からの伝言…。
ですから、その内容は当事者だけがわかっている。他人が読んでも、よくわからない箇所が出てくる。それでいいと思いました。他人にはよくわからない内容が書かれているところが、差出人と受取人の距離感が現れるとボクは思うからです。ですから今回、皆さまにとっては、なんのことだ、それは? と、理解しかねる手紙もあると思います。それでいいのです。「もしかしたら、こんなことかな…」と、ご自分の人生体験に照らし合わせて想像して楽しんでいただきたいのです。
「渡したい物があるんだ。受け取って欲しい」という箇所。渡したい物ってなんだろう? と想像していただきたいのです。

ところで、アメリカからふたりの若者が板の上に上がってくれました。
シアトルからの来日です。地元でオーディションをしての来日です。
ボクがまだ記者生活をしていた頃に知り合ったヒロコさんが面倒を見てくださいました。当初、ニューヨークの音楽家であるダグ氏がプロの俳優さんを紹介してくださりご本人も日本に来たかったようでした。その人物はブロードウェイの大スターです。ボクにとってはあまりにも偉大過ぎてドギマギしていたところ、滞在日程が長すぎることからこの話は流れました。で、シアトルの学生達にしようとヒロコさんに相談です。きちんとオーディションをしてくれました。1.日本に強い関心を持っていること。2.ボランティアとして参加することに合意する。このふたつが条件でした。何人か集まったようですが、残ったのが今回のふたりでした。
タリアはいまではすっかりみんなと打ち解けて、本公演の体験はきっと彼女の今後の人生に大きな影響を与えることになると思います…。
人は自分の体験した事柄に様々な「ことば」を残して心に仕舞い込んでいますね。

ボクもそうです。
「ワシントンハイツ」をこの物語のキーポイントにしたのも、それです。渋谷育ちのボクは、ワシントンハイツは遊び場でした。緑が広がった芝生の上で、昨日見てきた東映チャンバラ映画の物真似をします。中村錦之介、大川橋蔵、大友柳太朗などの真似をしてチャンバラごっこをしたり、追いかけっこもしました。その向こうには白い家が別世界のように眩しく輝いています。
やがて時代は流れ、渋谷の姿は大きく変わっていきます。いや、渋谷だけではありません、銀座も、六本木も、青山も…。大都会東京の急速な変貌のなかで大学時代、ふと、思いました。「そう言えば、あの頃ワシントンハイツにいたアメリカの子供達もいまはきっと大学生になっている…」と。ボクが「ワシントンハイツ」にそんな思い出があるように、日本を去った彼らにも「ワシントンハイツ」があるに違いない…と。大人になったいま、時代が変わってもあの頃の想い出は消えることなくボクの心の中に残っている。ボクがそうなように、アメリカに帰った彼らの家族だって…。

そんなことを思い巡らしながら、今回の台本を書いてみました。だから初子が久々に再会してジニーを新しくなった渋谷を案内する場面で、初子には「オリンピック競技場を見せた」とは言わずに(いや、言えずに)「ワシントンハイツ跡を見せてきたよ」と言わせたわけです。この台詞もまた、ジニーと遊んだ渋谷の子供達にしか通じない「伝言ゲーム」とも言えますね。

今回、ボクにとっても挑戦でしたが、座長・山田展弘たち役者にとっても挑戦だったようです。
風呂屋の息子・トシ坊を演じた板垣辰治君に注目した方もおられたはずです。東北弁が抜けない渋谷ッ子というクセのあるキャラクターを演じてもらいました。ミュージカルでは今回の役者中、一番のキャリアでしょう。みごとな実力と才能を披露してくれましたが、イケメン・板垣君にあえて「東北弁」で台詞を割り付けたのには当然、理由があります。シラノの「デカ鼻」と同じで、人が持っている「コンプレックス」の象徴です。「これさえなければイイのに」と人は言います。でも、他人に言われなくても実は本人が一番よくわかっています。「抜けきれないもどかしさ」です。やがて大人になったとき、人は言います。「これがあったから、私は生きられた」と。コンプレックスが実は個性を彩る源であり、生きる力の源泉になっていたことを。

最後になりましたが、林蘭です。今回の主役です。
3ページにも亘る長台詞はお手のものなのですが、冒頭は散々ダメ出しが続きました。蘭さんの稽古ぶりはまるで自分との戦いのようです。自然にあふれてしまう涙を、自分が否定したり…すごい稽古場風景でした。「もう一回やらせて! ダメだわ」と、声が飛びます。日に日に蘭さんが初子に見えてきます。さあ皆様、どんな「初子」を演じてくれるでしょうか。お楽しみください。


…まさみ…
by masami-ny55 | 2010-07-28 00:03 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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