「独り言」と「反応」


e0013640_150504.jpg人の反応を見ているだけでも、ボクは話を聞いているのと同じほどに、おもしい。
そして、興味深い…


社内の電話で、お客様と商談している様子は周りにいる人なら、その話し方や様子で察しがつく。
だいぶ、忙しい話し方だから、その商談はきっと緊急なのだろう…。
慌てているその人、受話器を肩で支えながら隣の席にいる同僚に、
「ごめん、これ、コピーして」
と、小声でお願いしている…
すると、隣の同僚サンは間髪入れずに、こう返答した。
「できない!」

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1秒間くらい、考えてくれてもいいのに…ねぇ。


この場合、「できない!」という言葉にはなっているが、実は「したくない」が本意の言葉ではなかろうか。

頼まれた瞬間、「できない!」。
このときの「できない!」は、言葉だが、会話ではない。反応、である。


「これ、どう思う?」
と、自分が作成した書類を同僚に見せる。
同僚からの意見を聞きたいのであろうが…
そのひと、その瞬間
「わかんない」

1秒間くらい、書類に目を向けてくれてもいいのに…ねぇ。

この場合、「わかんない」という言葉にはなっているが、実は「てめえで考えろ」「責任、おっかぶせるな」「おめぇのことだろ、人を巻き込むな」が本意の言葉ではなかろうか…。
このときの「わかんない」は、言葉だが、会話ではない。反応、である。
反応したとたん、会話は停止する。

反応とは、自分個人だけの言語であり、会話とは複数の人達との「かかわり」だ。
かかわりのない言葉、反応言語とは、「独り言」とも違うようだ。

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独り言は、「かかわり」と言う観点で言えば、「自分が自分」とかかわっているときである…
ときには、自分のしたことを自分で承認したり、自分のしたことを後悔したり謝罪したり…そんなとき、人はときどき「独り言」を呟く。
現実の自分と夢を追う自分、今の自分と時空超えた自分との「会話」を楽しむ…。
創作言語という意味では、舞台の「脚本」を書く作業も「独り言」といえるのではなかろうか。

この日記もまた、独り言、であることには間違えない…

会話とは、自分以外のものとの「かかわり」が前提だ。かかわる、と言うからには、相手からの返事が戻ってこなければ会話として成立しない。
この言葉の世界の原則を無視して、会話は成立しない。
一方が語りかけているのに、返事がない。会話が成立しない。

一方的に、携帯メールを出して読んでいないアンタが悪い、と怒っても、もともと会話のルールを無視しているのだから困ったものである。

会話の基本姿勢は、一方が話し、一方が聞く、ではなかったか…。それが「かかわり」の始まりだったはずだ。
最近の人々の話し方は、一方的にしゃべりまくり、相手もしゃべり続け、一緒にデカイ声で大笑い…とか。
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ちっとも、話してない。聞かない…。現代人は、聞くことがあまり上手ではなくなったのかも。


…まさみ…
by masami-ny55 | 2005-09-21 01:53 | 日記


東京の日常生活と、仲間たちとの交遊録


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